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十八話


 セレスティナがジェイクと別れ、邸の玄関の扉を開けて中へと入るとキラキラとした笑顔を浮かべながら自分の両親がセレスティナを出迎えてくれる。


「セレスティナ! お帰りなさい、仲良さそうで安心したわ!」

「交際は順調のようだな、安心した」


 しっかり二人に先程のやり取りを見られていたのだろう。

 セレスティナは無意識の内に自分の額に手をやって先程ジェイクの唇が触れたそこを隠すと、うっすらと頬を染めながら拗ねたように唇を開く。


「──お父様も、お母様も覗き見なんてはしたないですよ」

「はは、すまないすまない。セレスティナにはなぁ……家の問題で大変な思いをさせてしまっているし、優しい婚約者が居て、楽しく過ごせているようで本当に良かった、と思ってな……」

「ええ、そうなのよ……家の事を手伝うあまり、あなた自分の事は後回しにしてるでしょう? だから、本当にカートライト子息には感謝しているのよ」

「──そんな事、……っ」


 セレスティナは自分の両親の心からの笑顔にぐっ、と言葉が詰まってしまう。

 本当の事なんて言えるはずがない。

 これは、期間限定の婚約者の振りであって、ジェイクとは終わりが決まっている仲だと言う事をこの嬉しそうに笑う両親の前で話す事が出来ない。

 セレスティナは唇を噛んで俯き眉を顰めると次の瞬間にはぱっと表情を明るくして両親に向き直る。


「──もうっ、これからは覗き見るなんて辞めてくださいねっ!」


 セレスティナの言葉に両親は本当に嬉しそうに笑うと三人は和やかに笑いながら邸の大階段を上がって行った。






「これを、レーバリー男爵家へ届けて貰っていいか?」


 ジェイクは、セレスティナを送り届けた後侯爵邸へと戻るなり自室へ戻り、フィオナへ手紙を認めた。

 明後日の朝、学園で朝早い時間に先日と同じ別棟の非常階段に来てくれるように手紙を書いた。


「しっかりと、話をして……何とか納得してもらわないと……」


 ジェイクはぐしゃり、と自分の前髪を握り締めて俯くと納得して貰う為にはどうフィオナに説明すればいいか、そしてこの間話していたような事をしないでくれ、とどう説得しようか、と考える。


「セレスティナには何の罪も無いんだ……フィオナ嬢の望みを聞けば、諦めてくれるか……?」


 腰を下ろしていた椅子の背もたれに自分の背中を凭れかけさせると、ジェイクは天井を仰ぎ見る。


 当日、実際フィオナと会って話してみないとどうする事も出来ないな、とジェイクは考えるとフィオナと会う事に気が重くなる。

 好きだと思っていた女性と会うのに気が進まない、なんて本当に自分はフィオナを好いていたのか分からないな、とジェイクは苦笑する。


 友人として仲を深め、そしてその後初めて面と向かって想いを告げられた。

 侯爵家の子息としてではなく、自分を見てくれたと思ったのだ。

 自分を侯爵家の子息、と言う肩書きではなく、しっかりとジェイク・カートライトとして個として見てくれた初めての人だったのだ。

 だから、嬉しくてフィオナの告白を断る事が出来なかった。


 けれど、それはフィオナを本当に好いていたのではなくて、ただ単に自分をしっかり見てくれる、という嬉しい気持ちを恋心だと錯覚したのかもしれない。

 フィオナと会うのはとても嬉しかった、共に居るのが楽しかったが、それだけだ。

 セレスティナに感じたような「触れたい」と言う気持ちも、口付けたい、と言うような欲求も何も込み上げて来なかった。


「もしかしたら、俺は最初からフィオナ嬢を……」


 女性として、好きでは無かったのかもしれない。


 今、本当に好きになった女性がいて始めて分かったのだ。

 こんなにもセレスティナに焦がれるような気持ちも、会えない時はこんなにもセレスティナを恋しいと思う気持ちも、笑った顔が愛しいと思う気持ちも、セレスティナを好きになって初めて抱いたのだ。


「本当……最低な事をしていた……」


 ジェイクはボソリと小さく呻くように呟くと、明後日の事を考えながら溜息をついた。






 時間は経ち、学園に行く当日の朝。

 ジェイクは自室で学園の制服に身を包み、どうもこれからフィオナと顔を合わすのか、と考えると気分が重くなってしまう。


 フィオナからは了承の返事は来ていないが、恐らくジェイクの呼び出しに応じてくれるだろう。

 今まで、自分からの呼び出しには全て応じてくれていたから今回も来てくれるはずだ、とジェイクは考えると学園用の鞄を手に取り、自室を後にした。


「──おはよう、今日はそのまま学園まで向かってくれ」

「え、? 今日はクロスフォード伯爵邸に向かわずでいいんですか?」

「ああ、問題無い」


 こくり、と頷くジェイクの顔を見て、馬車の御者は不思議そうにしながらも分かりました、と了承の言葉を返すとジェイクが乗り込んだ事を確認し、馬車を動かし始めた。


 ジェイクは馬車の窓から景色を眺める。

 まだ、朝早い事もあり人の姿もそこまで多くない。

 通りを進む馬車の数も少なく、これなら予定していた時間よりも早く学園に到着するだろう。


 今日で、フィオナとの関係を綺麗に終わらせればいいのだが、とジェイクは考えると人通りが少ない通りを見つめ続けた。




「到着致しました」


 ガタリ、と馬車が止まった振動でジェイクは窓の外に視線を移す。

 いつもの見慣れた学園の姿を視界に入れたジェイクは御者に礼を言うと、馬車から降り立った。


 ジェイクはふう、と一つ息を漏らすと一先ず教室へと向かい荷物を置いてから別棟の非常階段へと向かうため学園へと足を向ける。

 そうして、ジェイクが学園へと向かっている途中、ジェイクの背後から甘ったるい声が自分を呼び止めた。


「──ジェイク様っ」

「──っ」


 ジェイクがその声に反応して後ろを振り向けば、たたたっと小走りでまさに今日呼び出していたフィオナがジェイクに向かって笑顔で駆け寄って来る。


「フィオナ、嬢……っ」


 ジェイクは咄嗟に周囲に視線を巡らせる。

 いくら朝早いとは言え完全に無人、と言う訳ではないだろう。

 あまりセレスティナ以外の女性と親しげに一緒にいる姿を見られたくない。

 周囲を気にする素振りを見せるジェイクに、フィオナはにんまりと笑顔を浮かべると唇を開く。


「ふふ…っ、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ? 挨拶くらい普通でしょう?」


 こてり、と首を傾げて自分にそう言ってくるフィオナに、ジェイクは困惑した表情を浮かべると、「そうだな」と一言返す事しか出来ない。


「それに、こんなに早い時間なんですもの……学園生も流石にいませんわ……。そんなに私とお会いする場面を周囲に見られたくないのですね」


 私に被害が及ばないように心配してくれるジェイク様はとっても優しいですね。

 とフィオナがにっこりと笑顔で告げてくる。

 ジェイクにはそんなつもりは無かったのだが、フィオナがそう勘違いしてしまうのも仕方ない。

 まだ人が居ない早い時間帯、人目を避けて会う約束をしている自分達は傍から見れば恋人同士だと想われるだろう。


 ジェイクが否定の言葉を紡ぐより早く、フィオナは再度にっこりと笑顔を浮かべると、ジェイクに向かって唇を開く。


「ではまた、後ほど……ジェイク様」


 フィオナはジェイクに背を向けると、小走りで学園へと入って行く。

 ジェイクは、その後ろ姿を見ながら、本日何度目になるか分からない溜息を一つ零すと止まってしまっていた足を再び動かして学園へと入って行った。




 教室に着き、鞄を置いた後ジェイクは別棟の非常階段へと赴いていた。

 自分より先に学園へと入って行ったフィオナはもしかしたら既にこの非常階段に来ているかもしれない。


 ジェイクはガチャリ、と非常階段への扉を開けるとゆっくりと扉を開きその扉から自身の体をするりと潜り込ませた。


「ジェイク様っ」

「──っ、」


 どんっ、と衝撃が走り自分の体に正面から抱き着いて来たフィオナにジェイクは驚きに目を見開くと急いでフィオナの体を自分から離す。


「──フィオナ嬢っ! この間伝えたが、俺には他に好きな女性が──」

「あら、でも今現在お付き合いしているのは私ですよね? この交際を終わらせるお話もしておりませんし、私も承諾しておりませんもの?」


 まるで堂々巡りになりそうだ。

 ジェイクはぐっ、と奥歯を噛み締めると唇を開く。


「どうしたら、フィオナ嬢は納得してくれる……っ最低な事だが、俺はもうフィオナ嬢へ以前のような気持ちは抱いていないんだ……っ」

「納得……? いいえ。納得なんてできませんわ、ジェイク様……仰ったじゃないですか、あれ程私を好きだ、と想っている、と。その気持ちが全部嘘だったなんて信じられませんもの」

「本当に、悪いと……申し訳ないと思っている……確かにあの頃はフィオナ嬢を好いていると思っていたのだが、それすらも最初から違っていたんだ……」


 ジェイクから伝えられる言葉にフィオナはぴくり、と眉を跳ねさせる。


「最初、から……? いやだ、ジェイク様……最初から勘違いだったと仰いますの? それは、酷すぎませんか……?」

「申し訳ない、本当にフィオナ嬢には謝っても謝りきれない……別れてくれると言うならば叶えられる範囲であれば何でもフィオナ嬢の言う事を聞こう……だから、頼む」


 フィオナは、目の前で自分に頭を下げるジェイクを見つめながら愉悦で自分の唇の端が持ち上がるのを感じる。

 侯爵家の人間が、たかが男爵家の自分に頭を下げている。

 たかが自分の好きな女の為に侯爵家の男がプライドも何もかもを捨て自分に頭を下げているのだ。

 フィオナは悲しそうな表情を作ると、そっと唇を開いた。


「──そこまでジェイク様が言われるのであれば……でも、一つだけ約束して下さいませ。貴方様をお慕いしているのは変わらないままなのです」


 フィオナの言葉に、ジェイクはがばりと下げていた頭を上げると表情を綻ばせる。

 すん、と態とらしくフィオナは鼻を鳴らすと、言葉を続けた。


「少しでも私に申し訳ない、と言うお気持ちがあるのでしたら……この学園に居る間は、どうかそのお好きな女性にジェイク様もご自身のお気持ちを告げないで頂きたいのです……」


 想いを通じ合わせた状態のジェイク様と、想い人のお姿を見るのはお辛いのです、とフィオナは震える声で言葉を零した。



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