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十四話


「フィオナ嬢……っ、真面目な話があるんだ。一旦離れて聞いて欲しい……」

「真面目なお話って、何ですか? せっかく、普段は一緒に居れる時間がないんですもの。もっとジェイク様の側に居たいです」


 自分の体を離すジェイクに、フィオナは胸中で舌打ちをすると甘えるようにジェイクに擦り寄る。


(ほら、こうやって甘えられるのが貴方は好きだったでしょう?)


 フィオナはそっと自分の手のひらをジェイクの胸元に当てると、上目遣いでジェイクをじっと見つめる。

 折角見目の良い男とこの学園内にいる間は付き合えるのだ。

 ぼんやりと学園生活を過ごして終わらせたくない。見目の良い男に自分は好かれている、愛されているのだ、と言う事実がフィオナには快感となるのだから。

 誰も知らないジェイク・カートライトの熱の篭った瞳を見つめるのがとても好きだ。

 ジェイクは相手等選び放題なのに、敢えてその中から選んだ女性は高貴な身分の女性でもなく、爵位としては一番下の男爵家の自分だ。

 格下の爵位の自分に、カートライト侯爵家の次男が夢中になっている。


(こんな気持ちいい事はないわよね)


 だから、フィオナは最近のジェイクの心変わりにいち早く気付き釘を刺そうと今回呼び出したのだ。

 学園卒業まではしっかりと自分の男で居てもらわなくては困る。

 ジェイク以上に自分を優越感に浸らせてくれる男も、自尊心を満たしてくれる男もいないのだから。


 自分の手のひらから逃れるように距離を取ったジェイクが、言いにくそうに言葉を選んでいる。

 もうとっくにジェイクが言いたい事は分かっている。


(勘違いだった、別れよう、と言いたいのでしょう? 本当はあの貧乏貴族が好きだから、と)


 だけど、あんな貧乏貴族にこんないい男を渡してしまうのは癪に障る。

 伯爵位という爵位だけで高位貴族であるジェイクのカートライト侯爵家にも釣り合うと言われるのが気に食わない。

 どんなに容姿が優れていても、教養があったとしても男爵位という爵位だけで、男爵家の娘だと言うだけで高位貴族との繋がりを望めないなんて不公平じゃないか。


 だから、フィオナは自分に夢中になるジェイクと学園卒業まで付き合って、卒業時にこっ酷く振ってやろうと思っていたのだ。

 どんなに自分との将来を望まれても、懇願されても卒業後に一緒になる訳がないと馬鹿にして、傷付けようとしたのに。

 なのに、何故。


(私が振られる可能性が出てくるなんて信じられない)


 フィオナは怒りに吊り上がりそうになる自分の目元を笑顔でひた隠す。


「フィオナ嬢、本当に申し訳ないと思っている。だが、俺はどうしても自分の気持ちに嘘は付けないんだ」

「ええ、ジェイク様は真っ直ぐでとても紳士な方ですものね」


 にこりと笑顔でそう告げるフィオナに、ジェイクは苦しそうに表情を歪めると、決定的な言葉をフィオナに告げる。


「だが、俺自身が他の女性を好きになった以上、フィオナ嬢と一緒に居る事は出来ない……告白を受けて、付き合っているというのにこんな不誠実な俺に怒りを覚えるだろう、幻滅するだろう。いくらでも罵ってくれて構わない……俺と、別れてくれないだろうか」


 しっかりとフィオナの瞳を真っ直ぐ見つめ、頭を下げるジェイクにフィオナは笑いたい気持ちになって来る。

 あの、侯爵家の人間がたかが男爵家の娘である自分に頭を下げている。

 侯爵家の権力を振りかざして命令すればそれで済むはずなのに、目の前の男はそれをしないのだ。

 優しすぎる男だからこそ、フィオナは学園に入学してすぐに目をつけた訳なのだが、それを知らないジェイクは真面目にフィオナを傷付けたと思い謝っている。


「──ああ、まさか……そうでしたの、ジェイク様……」


 だから、わざと涙声を作ってフィオナは声を出した。

 顔を上げたジェイクが痛ましそうな表情をしている。それがまた、愉快で。

 フィオナは意図的にぽろりと涙を零すと言葉を続けた。


「でも、どうしましょう……私はジェイク様を諦める事なんて出来ませんの。ジェイク様から捨てられてしまったら、以前ご一緒した個室での逢瀬を皆に喋ってしまいそうですわ」

「──なっ!」


 フィオナからの言葉に、ジェイクは驚きに目を見開いた。

 あの日、あの場所で逢瀬していた事は事実だ。

 そして自分はあの場所で親密そうにフィオナと体を寄せ合い共に時間を過ごしてしまっている。

 その事は、あの店の店員にもしっかりと見られてしまっているし、あの店を予約したのはジェイク本人だ。

 予約名もジェイク・カートライトと言う名前で取ってしまっている。


 証人がしっかりと存在している事と、もし万が一フィオナが本当に逢瀬していた事を言いふらしてしまえば、セレスティナは好奇の目に晒されるだろう。

 自分の婚約者が男爵家の女性とも逢瀬を楽しんでいる、という噂が瞬く間に広がってしまう。

そんな事になって、セレスティナを傷付けてしまう事はしたくない。


「ね、ジェイク様。私もひっそりとジェイク様とお付き合いしたいんです……周囲の人に私達の関係がバレてしまったら、誰が一番周囲に傷付けられるのでしょうか?」


 フィオナは自分の唇に指先を当ててこてん、と首を傾げる。

 目の前の男が苦しんでいる様が面白くて仕方がない。

 フィオナはにっこりとジェイクに笑いかけると、もう一度ジェイクに近付きそっとジェイクの胸に自分の手を当てて上目遣いで見つめる。


「私、ジェイク様と別れてしまったら悲しみで今までの思い出ぜーんぶ周囲の皆さんにお話してしまうかもしれません……。ね、ジェイク様?」

「フィオナ、嬢……」


 苦虫を噛み潰したような表情で自分を見下ろすジェイクにフィオナは笑いかけるとそっとジェイクから体を離して非常階段から出て行こうと扉に手を掛けた。


 最後にジェイクに振り返り、微笑むと唇を開く。


「婚約者様と待ち合わせをされているんでしょう? 早くお戻りになった方がいいのではないでしょうか?」


 ふふ、と笑い声を上げながらフィオナは扉を開けると非常階段から姿を消した。


 一人残されたジェイクは、自分の前髪をぐしゃりと掴むとその場に暫し立ち尽くしてしまう。

 別れたかった、だが。今フィオナに別れを告げてしまうとセレスティナを傷付けられるかもしれない。


「──くそっ」


 ジェイクは自分の不甲斐なさに小さく声を荒らげると、セレスティナが待っている教室へと戻る為非常階段を後にした。






「セレスティナ! 待たせてすまない」

「──ジェイク様」


 教室の扉をがらり、と音を立てて入ってきたジェイクにセレスティナは振り向く。

 急いで戻って来たのだろうか、若干息を乱しながらこちらに向かい歩いてくる姿にセレセティナは不思議そうな表情をすると、自分の机から鞄を持ち上げてジェイクの元へとたたた、と小走りで駆けていく。

 駆け寄って来るセレスティナを見て、ジェイクはふにゃりと表情を和らげるとセレスティナの手を取って「帰ろうか」と声を掛けた。


「ええ、帰りましょうジェイク様」


 いつものジェイクと違い、少し元気が無さそうなその姿にセレスティナは違和感を覚えるが、フィオナと会った後に離れるのが寂しく感じてしまったのだろう、と自分で結論付けると気にせず二人で手を繋ぎ合い、馬車へと向かう為学園を出た。


 二人が馬車へと乗り込み、動き出すと「そう言えば」とジェイクがセレスティナに視線を向けた。


「何か話がある、と言っていたな? 何だい?」

「覚えていて下さったのですね」


 セレスティナの言葉にジェイクは微笑むと勿論、と言葉を返してセレスティナを見つめる。

 セレスティナはどう切り出そうか、と頭を悩ましたが遠回しに話してもまどろっこしいだけだろう。

 言いたい事は簡潔に、分かりやすく話した方がいい。

 セレスティナは若干の気まずさと、寂しさを感じてしまうがジェイクにこの偽装婚約者役の終了時期を確認する為に口を開いた。


「実は、ジェイク様と決めていない事がありまして」

「──うん?」

「この、偽装婚約者役、いつまで続ければ良いのでしょうか? 明確な終了日を決めていなかったので確認しておきたかったのです」


 まるで、何でもない事のようにそう聞いてくるセレスティナにジェイクは自分の頭をガツン、と殴られたような衝撃を覚えた。


 そうだ、セレスティナはこの偽装婚約者役を契約として務めてくれているのだ。

 だから、自分が婚約を解消したくないと言っても、解消前提の契約だったのだ。


 今更、どうやってセレスティナを引き止めればいいのか。

 ジェイクは真っ白になる頭で唖然とセレスティナを見つめた。




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