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十話


 あれから数日、いつもと変わらない日常を過ごし気が付けばジェイクの家で食事をする日となってしまった。


 当日、未だに信じられないと言うような表情で両親が大階段から降りてくる。

 二人はカートライト侯爵家に行くのだから、と普段とは違い品良く着飾っている。

 セレスティナも、大人っぽいワインレッドの昼用のドレスを身に纏いそわそわと何処か落ち着かない気持ちで二人が降りてくるのを待つ。


「セレス、待たせたね。行こうか」

「はい、お父様」


 父親が母を伴い玄関へと向かう。

 数少ない使用人が三人に向かって「行ってらっしゃいませ」と声を掛けて頭を下げると、伯爵邸の門前に見慣れた馬車が既に到着しているのを見て、セレスティナは「待たせてしまったかしら」と焦りながら馬車の方へ向かうと、いつも学園まで送ってくれるのと同じ御者が帽子を外し、セレスティナと両親に向かってぺこりと頭を下げる。


「今日は宜しく頼む」


 父親が御者に向かい、軽く頭を下げて馬車へと乗り込む。

 続いて母親も乗り込んで、セレスティナが乗り込む番になり、セレスティナは御者にちらり、と視線を向けると御者もセレスティナに視線を向けていた。


「──休日まで申し訳ありません。宜しくお願い致しますね」

「とんでもございません、宜しくお願い致します」


 二人して目を合わせてふふ、と笑い合うとセレスティナはそのまま馬車へと乗り込む。

 ここ最近、かなりの頻度でジェイクと共にこの御者の馬車に乗っている。

 今回は、この御者が動かす馬車に乗るのは自分とジェイクではなく、セレスティナ自身と、両親だ。

 カートライト侯爵家の馬車に御者。カートライト家の人間が誰一人として馬車内に乗っていない状況に、セレスティナは何だか不思議な気持ちに陥ってしまった。


 馬車に乗り込んでから、侯爵家に向かう道すがらぽつりぽつりと両親と話しながら時間を過ごした。

 父親からはいつの間にかカートライトの子息とそんな事になっていたのかを聞かれたり、母親からは格上の貴族相手では、嫌がらせ等は受けていないか心配された。

 嫌がらせを受けないように、学園では送り迎えをジェイク自身がしてくれているのと、学園内でも常に一緒に行動を共にしてくれている事を伝えると、母親はまあまあ! と頬を染めて喜び、父親は不機嫌そうに表情を歪ませている。

 セレスティナは、そんな両親の表情を苦笑しながら見つめた。




 馬車が停車して、御者から「到着致しました」と声が掛かる。

 馬車から降りると、見知った顔がすぐ側まで出迎えに来てくれていてセレスティナは驚きに声を上げた。


「ジェイク様!?」

「わざわざ来て貰ってすまない。ようこそ、クロスフォード伯爵に、伯爵夫人。ご案内致します」


 まさか、ジェイク本人が馬車の停車場で待っているとは思わず、セレスティナも、セレスティナの両親も目をまん丸に見開き驚いている。


 三人の態度にジェイクは苦笑すると、セレスティナに向けて自分の手のひらを差し出すと、「行こう」と言って、セレスティナが恐る恐るジェイクの手のひらに自分の手を重ねると握り締め、歩き始める。


 いったい、どんな食事会になるのかセレスティナは不安に鼓動を早めながらジェイクにエスコートされるままカートライト侯爵邸へと足を進めた。




「ようこそ、クロスフォード伯爵、伯爵夫人にセレスティナ嬢」

「お待ちしてましたわ。さあさあこちらにお掛けになって」


 カートライト侯爵邸の庭園が一望出来る温室に案内されると、ジェイクの両親であるカートライト侯爵と、侯爵夫人がにこやかに出迎えてくれる。

 ガラス張りのその温室は、複数人が入っても広々とした室内で食事を楽しめる創りになっており室内から庭園に咲き誇る花々を見渡せ楽しめる空間になっている。


「さて、では少し遅くなってしまったが昼食にしようか」


 侯爵の言葉で、温室に使用人がワゴンを引いて入室してくる。

 ワゴンの上には豪華な食事が所狭しと並べられ、作り立ての暖かい食事はほかほかと湯気が立っている。


 それぞれが席に着くと、使用人の手によって次々と料理がそれぞれの目の前に用意されていく。

セレスティナの隣には当たり前のようにジェイクが座り、微笑みながらセレスティナに視線を送っている。


(ご両親にアピールするにしても、あまりやり過ぎると……婚約解消する時に大変ではないかしら?)


 この婚約は解消前提の偽装婚約なのだ。

 そもそも、近い内に解消するのだから今回のような顔合わせの食事会もどうにか避けたかった所である。


 ぽつぽつと会話をしながら、和やかな雰囲気で進む食事会の最中、セレスティナは終始この偽装婚約がバレてしまわないか、とヒヤヒヤしていた。




 食事が終わり、食後の紅茶を楽しんでいる時、ふといい事を思い付いたとでも言うようにカートライト侯爵がにこやかに告げてくる。


「そうだ、ジェイク。セレスティナ嬢に我が家の庭園を案内して差し上げたらどうだ?」

「──ええ、そうですね父上」


 セレスティナは嫌ですとも言えず、ジェイクから誘われるまま、腰を上げるとジェイクに手を取られ庭園を見て回る事になる。


 あの緊張感溢れる空間に居続けるよりは幾分かマシではあるが、温室から庭園は丸見えだ。

 二人が仲睦まじい振りをしなければいけない、と言う事を考えてセレスティナはこっそりと溜息を付いた。

 セレスティナの溜息が聞こえたのだろう、ジェイクがセレスティナに近付き、こっそりと耳元で話しかけてくる。


「──すまないな、セレスティナ嬢。暫く仲のいい婚約者役をお願いしたい」

「ええ、仕方ない事ですもの。しっかり最後までやり遂げます」


 こそこそと顔を寄せ合い話している姿は、傍から見ればとても仲のいい婚約者同士に見える。

 セレスティナは、自分達をにこやかに眺めているジェイクの両親に気付かないままジェイクのエスコートの元、庭園を散策し始めた。




 ジェイクとセレスティナは二人ゆったりと並びながら庭園内を歩いている。

 周囲には、侍女や侍従もいるが声を潜めて話せば二人の会話は聞こえないだろう。


 セレスティナはジェイクに向かって小さく声を掛ける。


「ジェイク様、このまま行けば婚約解消がしにくくなってしまいませんか? やはり今日の食事会はどうにか止めるべきでした……」

「──仕方ない。俺に話を持ってきた時には父上は既にクロスフォード伯爵に手紙を出してしまっていたんだ」


 ジェイクは困ったような表情を作りながらセレスティナにどうしようもなかったんだ、と告げる。

 だが、それは真っ赤な嘘であり、事前にジェイクの元にクロスフォード伯爵に手紙を出すがいいか? と断りがあったのだ。

 ジェイク何故か深く考える事はせず、父親の問にすぐさま了承の返事をしたのを自分でもしっかりと覚えている。


 今回の食事会を行えば、簡単に婚約解消が出来なくなる可能性がある事は重々承知だ。

 けれど、ジェイクはそうする事でセレスティナがこの間の男とすぐさま婚約を結び直してしまう可能性を邪魔したかった。

 こんな事をして、さらに二人の気持ちが燃え上がってしまうかもしれない、と言う懸念はあったが自分と婚約を交わしている期間はあの男と縁を結ぶことは出来ない。

 そうやって、ジェイクは物理的にセレスティナとあの男が結び付く可能性を潰したかった。


 日に日に、フィオナの事を考える時間よりもセレスティナの事を考えている時間が長くなっているのだが、その理由をまだジェイクははっきりと自覚していない。


「そう、ですか……それならば止める手立てはありませんでしたね……」

「ああ、すまないと思っている」


 うーん、と考え込むセレスティナを横目で見ながらジェイクは自然と自分の口角が上がってしまうのを隠すように口元に手をやった。


(ああ、いけないな……セレスティナ嬢は真面目に婚約者役として考えて行動してくれていると言うのに)


 ジェイクは庭園を歩きながら、上機嫌でセレスティナに花壇の花や薔薇園を案内していく。

 始めは緊張で表情が強ばっていたセレスティナだったが、綺麗に咲き誇る花々を見て次第に笑顔になる時間が増えていき、表情を綻ばせている。


「とても、綺麗です……」

「そうだろう?」


 うっとりと目を細め、自分の口元に手を持ってくるセレスティナにジェイクは眩しそうに瞳を細めてセレスティナの表情を眺める。

 はっきり言って、自宅の庭園内は飽きるほど見慣れている。

 毎日見ている光景なので、ジェイクはセレスティナの表情をじっと眺めていた。

 自分の言葉に反応して笑顔になったり、美しい花を見て嬉しそうに目を細める姿を見ているだけであっという間に時間が過ぎて行く。


 一通り庭園内を見て回った頃には大分時間が経っていて、そろそろ温室に戻った方が良いだろう。


「セレスティナ嬢、もうそろそろ戻ろうか。良かったらまた庭園内はいつでも案内するよ」

「え? あ、はいっ。ありがとうございます、ジェイク様」


 セレスティナが驚いたように目を見開いた後に周囲に視線を巡らせ、「婚約者役」として完璧な笑顔を貼り付け嬉しそうに笑う。

 ジェイクは何だかもやっとした気持ちを感じたが、それをこの場で出す事は出来ない。

 自分も微笑みを浮かべると温室へと体の向きを変えた。

 ジェイクに倣い、セレスティナも温室へと体の向きを変えた瞬間。


「──あ、」

「──セレスティナ……っ!」


 地面にあったちょっとした段差に躓いてしまったのだろう。

 ぐらり、とセレスティナの体が傾く。


 セレスティナは転んでしまう!と焦りを浮かべたが、自分を呼ぶ声が聞こえた瞬間、強い力で引き寄せられた。

 ぐい、と倒れそうになったセレスティナの腕をジェイクが咄嗟に掴み、自分の方へ引き寄せてくれたらしい。


 ジェイク自身も焦っていたのだろう、引き寄せる力が強く、そのままの勢いでセレスティナはジェイクの腕の中にすっぽりと収まってしまった。


「──え、」


 自分の腰と背中に回るジェイクの腕に、セレスティナは一瞬何が起きたか理解出来なかったが一泊遅れて自分の頬が瞬時に熱を持つ。

 ジェイクの体越しに、うっすらと見える温室。

 その温室内では、頬を染めてこちらを嬉しそうに瞳を輝かせて見つめる侯爵夫人を視界に入れてしまってセレスティナはジェイクの腕の中で小さく藻掻いた。


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