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一話


 夢見ていた婚約の申し込みとはまったく違うけれど、自分の目の前で跪き、自分の手のひらを恭しく掬いとる目の前の男の流麗な仕草にほう、と自分の唇から感嘆の溜息が零れ落ちる。


「セレスティナ・クロスフォード嬢。私の婚約者となって下さい」

「──ええ、喜んで。ジェイク様」


 ジェイク様がお望み通り、偽物の婚約者を立派に務めあげますね。






 セレスティナ・クロスフォードは伯爵家の娘である。

 幼い頃から家族仲が良く、よく家族で領内に視察に向かったり、家族皆で観劇に出掛けたり、としていた。

 だが、ここ数年の天候不良や、領内の橋の損壊等が続きそれが大きく影響して不作が続き領民からの税収が滞り国に納める税の額を工面するのにカツカツとなってきている。


 その為、周りの貴族達はセレスティナを「貧乏貴族」と呼び嘲笑っていた。

 貧乏で没落しかかっているのは本当の事だからセレスティナに反論する気はない。

 そんな事にいちいち腹を立てる時間も労力も勿体ない。

 そんな事をしている暇があるのであれば没落寸前の我が家をどうにか助ける手立ては無いものか、とセレスティナは頭を悩ませる毎日だった。


 ──そんな時である。


 学園の裏庭で、特別に許可を貰い家庭菜園の世話をしていた時にたまたま実家の貧困をぼやいていたのだ。

 今までだったら流石に外でこんな事をぼやく事なんて無かった。自分にだって貴族令嬢としての矜恃がある。

 けれど、知らない内に自分にも限界が訪れていたのだろう。


「ああ……なんて事……今日も野菜がメインの食事になってしまいそう」


 頭を抱えて蹲っている所に、背後から堪えきれなかったような、吹き出す笑い声が聞こえた。


「だ、誰!?」


 セレスティナはまた心無い貴族の子息や令嬢に嘲笑われる、と忌々しげに声の聞こえた方に勢い良く振り向いた。

 そうすると、振り向いたセレスティナの視線の先には、お腹を抑えて必死に笑いを堪えている美丈夫がいたのだ。


「えっ、ジェイク・カートライト侯爵子息様!?」


 自分の目の前には、この学園でお顔立ちが一番良いと噂をされている侯爵家の次男がいた。


 プラチナブロンドの柔らかそうな髪の毛を風に遊ばせながら澄んだアクアブルーの瞳がふとセレスティナの姿を捕え、セレスティナはジェイクのあまりの造形の良さに息を飲んだ。


 くつくつと笑い声を控え目に上げながら、ジェイクが唇を開く。


「……申し訳ない、ご令嬢。失礼な態度を……」


 目元を拭いながらこちらに近付いてくるジェイクにセレスティナは不機嫌さを隠そうともせず瞳を細めると不遜な態度で「何か?」と聞いてしまう。

 今思えば、格上の侯爵家の子息に没落寸前のセレスティナがこんな態度を取っていたら処罰を与えられていたかもしれない。

 だが、ジェイクは不機嫌さ等微塵も出さずに寧ろセレスティナに詫びを告げるくらいの人物だ。



「いや、その、ご令嬢に取り引きを持ち掛けたいと思い話しかけたんだが……」

「──取り引き、ですか?」

「ああ。双方にとって悪い話では無いと思うのだが、俺の話を聞いてもらってもいいかな?」


 取り引き。双方に悪い話ではない。

 セレスティナは、今の自分の現状がこれ以上悪い事にはならないだろう、と判断すると、土弄りをしていた体勢からすくっと立ち上がった。


「お伺いしますわ」


 セレスティナの真っ直ぐジェイクを射抜くような視線に、ジェイクは唇の端をにんまりと釣り上げ笑みの形を作るとセレスティナに向かって取り引きの内容を話し始めた。


「ご令嬢はセレスティナ・クロスフォード嬢とお見受けするが、間違いないか?」

「ええ……その通りです。私はセレスティナ・クロスフォードと申します。お見知り置きを」


 セレスティナは初対面の相手に対して行う挨拶でもって制服のスカートを摘むとジェイクに頭を下げる。

 セレスティナの挨拶を受けてジェイクも自分の胸に手を当てると軽く腰を折り、答礼すると唇を開く。


「ジェイク・カートライトだ。俺の事を知ってくれているようだな?」

「ええ。カートライト侯爵子息様は有名ですから」


 セレスティナがにっこりと笑顔でジェイクに答えると、バツが悪そうにジェイクが表情を歪めるのが見える。

 自分がこの学園で騒がれている、というのはしっかりと把握しているようだ。

 それならば、さっさと要件を言ってこの場から立ち去って欲しい。


 いくら学園の裏庭で殆ど人が来ない場所とはいえ、他の生徒達の目に止まってしまえば更に嫌な噂話を流されてしまうかもしれない。

 セレスティナがちらちらと周囲を気にしているような表情にジェイクは続けて唇を開くとセレスティナが思いもよらなかった言葉を口にした。


「失礼を承知で頼みたい。セレスティナ嬢に、期間限定で俺の婚約者になって欲しい」

「……は?」


 セレスティナは、相手が高位貴族だと言う事も忘れ、ついつい素で返してしまう。

 それだけ、セレスティナには思いもよらないおかしな事を言われたのである。


 じり、とジェイクから距離を取ろうと後ずさるセレスティナに焦ったようにジェイクが声をかける。


「待て待て待ってくれ! 確かに、俺も突拍子も無いおかしな事を言っている自覚はあるんだ! だが、これは期間限定の婚約であって、セレスティナ嬢にも利点はある!」


 必死に言い募るように叫ぶジェイクに、セレスティナは眉を顰めたまま、ある程度ジェイクから距離を取ると言葉の続きを促す。


「……その、大変失礼な事ではあるが、ご令嬢の実家は資金繰りに奔走しているらしいな。そこで、この期間限定の婚約者役を引き受けてくれるのであれば、俺の私財から契約料として毎月ある程度の契約料を工面する」

「契約料?」


 ぴくり、と反応したセレスティナにジェイクも押せば行けると思ったのか、畳み掛けてくる。


「ああ! もし俺の婚約者役を引き受けてくれればそれ相応の契約料と、前払いで契約金もお渡しする! 婚約を解消する時もなるべくご令嬢に傷が付かないように手配もする! だからどうか俺と偽装婚約してくれないか?」


 余りにも必死なジェイクの態度に、セレスティナは迷うように視線をさ迷わせたがそれも少しの時間だけで、ジェイクの言葉にこくり、と頷いた。


 今は実家を助ける、それだけを考えるのだ。





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