ゲン担ぎの鍋
「まず、状況を整理しよう」
「エリー、デグラブはどうして沸くんだ?」
「不明だ、魔物の発生経緯自体今も解明されていない、デグラブもこの時期に唐突に増える、それだけだ」
「恋の季節ってことか?」
「いや、デグラブは生殖行為を行わない種の魔獣だ、普段は砂漠にいる」
「それなら谷底に卵がうじゃうじゃ、なんてことは無さそうね」
「うう、マダム、想像させないでくれ」
だが俺はその異常にこそ何かあるのではないかと見ている。
例えば―――蒐集癖のある魔人の関心を引くような『何か』とか。
「デグラブはあの谷で縄張りを主張し合って殺し合うんだよな?」
「そうだ」
「縄張りを持つ目的は生存だ、例えば餌場の確保、居住域の安全、生殖行為」
「だけどデグラブは生殖行為を行わない」
「なら殺し合う理由は餌と安全か」
「自身の生存のために邪魔者を排除するってことね」
「つまり―――」
それぞれに意見を出し合う。
例えば、縄張り内での獲物の奪い合いを回避するため。
そして同域に同種個体が多数存在することによる、慢性的な食糧不足を防ぐため。
だがデグラブたちは現状争っていない。
時間を置いて観察を続けたが、時たま小競り合い程度はあっても、大規模な殺し合いに至る気配はない。
そして一つ気付いた。デグラブはあまり谷から出ようとしない。
増えすぎたせいで谷から押し出されはしても、また谷の中へ戻ろうとする。
明らかに妙だ。
やはりあの谷の中に原因があるのか?
「ひとまず今夜はここで休みましょう、もうすぐ陽が暮れる」
見上げた空の陽はかなり西へ傾いている。
茜色に染まりかけた雲に、またあの時間が来るのかと知らずため息が漏れた。
「なら僕は近辺の偵察ついでにデグラブを何匹か獲ってくるよ、明日の駆除に先駆けて、今夜はカニ鍋で英気を養おう」
「素敵ね」
「だったら俺は火を起こしておく、セイランは水を頼む」
「いいわ」
それぞれに分かれて野営の準備に取り掛かる。
地平線の彼方へ陽が沈む前に、ルカートはデグラブを五匹も獲って戻ってきた。
「多くないか?」
「僕が食べるから問題ない」
間もなくもだえ苦しみながら魔獣へ変化したルカートは、俺が煮込むカニ鍋を見て舌なめずりをする。
呆れた胆力だ、まあ元より図太い奴ではあるが。
そのルカートの腹に長椅子よろしくしなだれかかったセイランは「そうよねぇ、貴方達若いんだし、食べ盛りですものね」なんてのんびりと言う。
「マダムはカニ好きかい?」
「ええ、魚介類はなんでも好物よ」
「僕もさ、気が合うな」
「そうね」
デグラブの甲羅を開いて身とミソをより分け、甲羅は砕いてダシを取る。
足は関節で切り分け、火で炙り、殻を割り湯気を立てる身に軽く塩を振った。
甲羅でダシを取った鍋で身と乾燥野菜を煮込み、ミソはバターと混ぜて塩気を足し、鍋のつけダレにする。
「う、美味いッ」
「本当、さっぱりしているのに濃厚で、食べやすくて幾らでも入るわね」
「五匹じゃ足りなかったかな」
「充分だ、食い過ぎて動けなくなっても困る」
腹が膨れたところで、改めて谷の様子を窺っていると、ルカートが立ち上がり翼を広げる。
「さて、それじゃ改めて僕が偵察してこよう」
「待て、まさか飛ぶ気か」
「何となくやれそうな気がするんだ、せっかく生えているんだし、感覚を掴むためにも試してみたい」
「だが」
「マダム、空を飛ぶのもよくないかな?」
セイランは少し考えて「そうね」とため息交じりに呟く。
「でも、その翼は使えた方がいいわ、空を飛べるようになれば出来ることが増える」
「よし!」
「ルカ」
「大丈夫、危ない真似はしないよ、すぐ戻る!」
猛禽の大きな翼を羽ばたかせ、暫く具合を伺い、ルカートは躊躇いなく谷へ向かって飛び降りる。
その姿は一気に下降したが、次の瞬間には力強く上昇し、夜空を優雅に飛んでいく。
「まあ、器用ね、すぐ飛べるようになるなんて、ルカートは才能があるのかもしれないわ」
腰を上げたセイランも両腕を翼に変えて空へ舞い上がる。
「彼だけじゃ気掛かりだから私も行くわ、何かあれば連れ戻すから安心して」
「頼む」
「ええ、それじゃ、後でね」
飛び去る二人を見送った俺は、深呼吸して、コクコの力を発現させた。
尻からするりと縞模様の尻尾が伸びる。
頭にも触れると耳が生えていた。
急に夜目が利くようになり、さっきまで聞こえなかった様々な音まで耳に入ってくる。
―――まさしく、猛獣のトラだな。
感覚が研ぎ澄まされる。
こちらの様子を窺っていた沢山の気配たちが逃げ出していく。
ピオスが魔獣化したルカートを恐れるかもしれないと、鞍を外して離れた場所に緩く繋いでおいた。正解だったな。
荷物をまとめて、荒らされないよう簡易結界を施しておく。
そして俺は、谷がもっとよく見える場所まで移動する。
崖の際だ、人の姿のままではこんな場所までは危険で来られない。だが、今の俺は身軽で、もし落下したとしても恐らく無事だろう。
谷の上を飛び回る二つの影を眺めていると、こちらへ向かってきた。
俺が見えたのか、あいつらも随分夜目が利くんだな。
「エリー!」
近くに降りたルカートが「こんな場所で何してる、危ないだろ!」と文句をつけてくる。
「それより谷はどうだった?」
「君なあ!」
「デグラブまみれだったわよ、でも、谷底が見えたわ」
ルカートに服の裾を咥えて引っ張られ、仕方なく際から離れた。
見た目は獅子なんだが、どうにも仕草が犬だな。
「何かあったのか?」
「そうね」
セイランはルカートと顔を見合わせる。
「―――谷底に竜の死骸があったわ」




