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魔獣骨肉店  作者: 九澄羊
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小遣い漁りのハゲとデブ

「うえっ、師匠、あのハゲとデブですよ」


表の方を軽く覗いて、振り返ったミアの表情で全てを察した。

朝から相手なんぞしたくはないが、放っておいたところでいなくなってくれるわけでもない。

下手をすれば戸を壊してでも店内に押し入ってくるだろう。

渋々店の方へ向かい、薄暗い店内の出入り口に引いてある目隠し用のカーテン越しに浮かび上がる影を見て、改めて溜息を吐いた。


「はい」


カーテンを引いて、ガラス戸を開く。

店の前に男が二人立っている。

ハゲている方はこの辺りを統括している自治長で、そこそこ大店の店主だ。

まあ、入り婿らしいが。

ついでに浮気中と聞いている、相手は娼館の売れっ子らしい。

デブの方は役所の職員で、税金絡みのくだらないいちゃもんをつけてくる小悪党。

趣味は取り立て、好物は賄賂。

色事に目のないスケベ野郎でもあり、美人が店主をしている店には用もないのに入り浸って迷惑行為を繰り返している。

だから、両者共に嫌われ者だ。

そして俺は何故かこいつらに嫌われている。


「エリアス! 近所からまた悪臭の苦情が出ているぞ!」

「一昨日支払われた税金に関して、虚偽の申告をしていないか? 調査のため店内の帳簿を全て改めさせてもらう!」

「本来であれば店主不在のこの店は国に接収され、お前は無一文で放り出される羽目になっていたんだぞ」

「ああそうだ、エリアス君、誠意だよ誠意、それにしてもヨルはいつ戻ってくるんだ? 彼女は美しかった」

「そうだな、エリアス、せめて雇われのお前が誠意を見せろ、その点ヨルは立派な商売人だった、恥ずかしくないのか」


一応、師匠の名誉のために断っておくが、ヨルはこいつらに媚を売ったことなど一度もない。

だがデブの方は用もないのに店に来てしつこく言い寄っていたし、ハゲは以前からこうして難癖をつけていた。

ヨルがいなくなり更に悪化したという状況だ。

つくづく見下げたゲスどもだが、こんなことはこの国では別に珍しくもない。


「おいエリアス! 何か言え!」


無駄だろうが、一応反証を試みよう。


「悪臭対策はしています、以前提出させていただいた業務を日々欠かさず行い、廃棄物の処理なども徹底しております」

「しかし臭いと苦情が届いているのだ、この自治会長の私のところへ!」

「それより早く帳簿を持ってきたまえ、よもや見せられない事情でもあるのかね」

「税金に関しては正確にお支払いいたしました、帳簿も確認していただいて結構です、諸々の申告に関して漏れなく行っております」

「では早く持ってきたまえ! 偽りがあれば罰金程度では済まさんぞ、脱税は立派な犯罪行為だからな!」


ああ、面倒だ。

こんな手合いをまともに相手していては一日が無駄になりかねない。

仕方なく騒ぐハゲとデブを放置して店内へ戻り、こういう時のための金が入っている金庫を開く。

適当な額を包み、奴らのところへ戻りながら神妙な表情を取り繕った。


「いつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」


二人へ深々と頭を下げ、包みを差し出す。


「お二方の貴重な時間をこれ以上奪うわけにはまいりませんので、どうぞ、こちらをお納めください」


奴らは(待ってました)とばかりにあからさまに目の色を変える。

このゲスどもめ。

デブの方が俺から包みをぶんどり、中身を確認してからハゲとほくそ笑み合った。


「ふん、まあ誠意を見せるというのであれば、こちらもやぶさかではない」

「苦情の主には自治会長のこの私から一声かけておこう、他の要因も考えられるかもしれないからな」

「これからも税金はきっちり支払いたまえよ? それが国民の義務というものだ、商売共々励むように」

「お言葉真摯に受け止めます」

「結構、ではこれで」

「うむ」


金を受け取った途端に退散しやがった、このごうつくばりの外道どもめ。

弱者からは死ぬまで金を絞り、金持ちの強者には擦り寄って上前をかすめ取ろうとする。

言うまでもないが、ああはなりたくないものだ。

こんな辺境の街にまで政府の目は及ばない。だからやりたい放題、ダニの巣窟になっている。


はあ、朝から疲れたな。

ガラス戸を閉めて鍵を掛け、カーテンを引き、住居の方へ戻る。

様子を窺っていたミアが労うような視線を向けてきた。


「またアイツら師匠に小銭をせびりに来たんですね」

「小銭なもんか、はした金じゃ納得しない」

「ふん! ハゲとデブの分際で、ねえ師匠、ミアがアイツらヤッちゃっていいですか?」

「お前程度じゃ用心棒に返り討ちにされるのが関の山だよ」


ミアはムスッとして「そんなことないです、ミアだってやれます」なんて憤慨するが、その小さい体でどう戦うっていうんだ。

記憶さえろくに戻っていないのに、今は身柄を預かっている俺にも迷惑が掛かるだろ。


「ああッ、今! 師匠すごく失礼なこと考えましたね!」

「それより飯」

「いいですよーだ! ミアだってやればできる子なんですからね! ご飯も勿論ご用意します、今朝も愛情満点ですよ! たくさん食べてくださいね!」


うんざりしつつ卓に着くと、ミアは早速料理を並べ始める。

厚切りのベーコンと卵、野菜のスープに香ばしい香りを漂わせる焼き立てのパン、そして湯気を昇らせるハーブ茶。

半熟の卵の黄身にパンを浸して口へ運ぶ。

美味い。

パンにはチーズが入っている。濃厚な風味だ。


「美味しいですか? ねえ、美味しいですか師匠?」

「ん」


頷くと、ミアは満足した顔で俺の向かいの席に着き、一緒に朝食を取り始めた。

―――以前はヨルとこうして食事していた。

煌めく長い白銀の髪と、水晶のように澄んだ青色の目をしていたヨル。

今、目の前にいるミアとは真逆だ。

そう思うと若干の皮肉を覚える。

俺の髪色は鋼色で、目は紫。

系統だけなら近からず、遠からずな外見の俺を、ヨルは人に紹介する時『息子』と呼んでいた。


「いやぁ、これは師匠もとうとうミアをお嫁に貰おうって気になっちゃいますかねえ?」

「何故だ」

「だぁって! こんなに可愛くて料理上手、しかも床上手ですよ私? ムフフッ!」

「どうせ経験無いだろ」

「当たり前です! 記憶がなくともミアは処女! だからご安心くださいね、師匠」

「ふーん」

「と、いうわけなのでぇ、師匠? 今夜辺りどうですか? ミアの花を散らしてみません?」

「しない」

「ええーっ、で、でも師匠も健全な成人男性であられますし、やっぱり性処理のお相手は必要かと!」

「子供が何を言っている、朝から下世話な話をするな」


年齢も不詳だが、ミアは外見からして恐らくまだ十代だろう。

世間的には十六で成人扱いされるが、俺からすればそれでもまだ赤ん坊に毛が生えた程度にしか思えない。


「ぶーぶー! ミアは立派な大人の女ですよーだ!」


そう言って不貞腐れる所が子供だ。

唇を尖らせるミアを呆れて眺めつつ、パンを齧る。

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