仇討ち
「―――どこだ?」
緑の天蓋が揺れる。
鬱蒼と生い茂る木々の葉だ
ここは森、か?
起き上がろうとするとあちこち酷く痛んで声が漏れてしまう。
「エリー?」
「ル、カ」
どうにか半身を起こして視線を向けると、ホッとした様子のルカートが「よかったぁ」と笑った。
―――目が赤い。
「おいルカ、その目はどうした」
「ん? ああ、えーっと」
「あら、起きたのね、おはよう」
覚えのある声にハッとして振り返る。
誰だ、と思いかけて、セイランと名乗った女の姿と、今目の前にいる姿が一致する。
白く長い髪、青と水色が混ざり合う変わった光彩の瞳、背はすらりと高く、肌の色は白い。
切れ長の瞳を細くして微笑んでいた。
「私のこと分かる?」
「セイラン、だったか」
「ええ、貴方の名前も彼から聞いたわ、改めて、初めまして、エリアス」
「ああ」
一体誰なんだ。
ふとルカートを見ると案の定鼻の下を伸ばしている。やれやれ。
「ところで、セイラン」
「何かしら」
「聞きたいことがある、答えて欲しい」
「構わないわ、でもまずお腹を満たさないとね、怪我はあらかた彼が治癒魔法で癒してくれたから」
そうだったのか。
ルカートは自分の腹をさすりながら「流石にそろそろ飯でも食わないと、ぶっ倒れそうだ」なんて言う。
確かに俺も腹が減った。
ふと視界に見慣れないものが映り、何だと掴み上げる。
「紐?」
「それ、君の尻尾だよ、エリー」
「は?」
こいつは何を言っている?
試しにぐっと引いてみると、尻の付け根に引っ張られるような感覚があった。
尾を目で追い、事実と理解すると同時に訳が分からなくなる。
俺は獣人じゃない。
なのにどうして尻尾なんか生えているんだ。
―――もしやと思い頭に手をやると、髪とは違う感触と形状をした何かに触れる。
「それは耳だ、ほら、鏡」
ルカートから手渡されるまま受け取り、覗き込んだ鏡面に映る姿を見て唖然とした。
肉厚で丸みを帯びた、フカフカと毛の生えた耳が髪の間から覗いている。
しかも意図せず勝手にピンピンと動く、これは何だ、本当に耳か。
「貴方、とても珍しいわね、私これでも結構長く生きているけど、初めて見るわ」
そう言いながらセイランが葉に乗せた何かを傍に置く。
果実に木の実、これは焼いた魚か。
俺が眠っている間に用意していたのか、ルカートは早速かぶりついて「美味い!」と声を上げる。
警戒心の欠片もないな。
そう思った矢先、口の中に異様に大きな犬歯が覗いて心音が跳ねた。
「おい、お前」
何かがおかしい。
動悸がする、今、一体どういう状況だ?
「あが? エリーも食べろよ、毒なんか入ってないぜ、セイランさん、これってペッチェですよね?」
「ええ」
「野生でこんなに美味いのって初めて食べました、はむっ、んっ、瑞々しくて甘いッ」
「気に入ってもらえてよかったわ」
モモに似た果実のペッチェ、それからこれは、サクランボの近縁種チェルシェ。
恐る恐るチェルシェを一粒摘んで口に入れる。
甘酸っぱくて美味い、そう感じると同時に改めて空腹を覚え、困惑しつつペッチェにも手を伸ばす。
「足りなければまだ用意できるから、たくさん食べて」
「はい、有難うございます」
「体力が戻ったら、そうね、貴方がたの住処へ向かいましょう」
「なあエリー、僕らあれから一昼夜も意識を失っていたそうだ、ミアちゃんきっと心配しているだろうな」
「そんなにか?」
唖然とする。
あの後何があった―――考えずとも、この状況は明らかに異様だ。
ここは西の森だろうか、景色だけでは判然としない。
唐突に生えたこの耳と尻尾、そして、何故だ、ルカートの姿が戻っている。
セイランとかいうこの女も名前と性別以外すべて不明だ。
確か意識を失う前、仇討と言っていた気がする。
ルカートの目は何故赤い?
そしてあの犬歯、分からない、心音が速い、頭痛がする、嫌な汗が噴き出してくる。
「落ち着いて」
声をかけてきたセイランに、意図せず唸っていた。
まるで獣の威嚇だと気付いて唖然とする。
「大丈夫、一つずつ教えてあげる、食べながら聞いて」
「お前は、誰だ」
「私はセイラン、貴方とルカートを襲った魔人ドルシコーに、かつて最愛の夫を殺された」
魔人、だったのか。
今更だが悪い予感はしていた。
しかし魔人に遭遇するなんてことは滅多にない、竜に遭遇するより確率が低い。
魔獣と同じく『魔物』の括りである魔人。物質寄りの存在が魔獣、概念寄りの存在が魔人と、区別されている。
魔人は魔獣と比較して圧倒的に数が少なく、だが魔獣よりはるかに高い知性と圧倒的魔力を備えているため、易々と表には出てこない。
しかしあの力、外道な思考と、それを可能にしてしまう能力。
魔人でしかありえない、であれば、今こうして命があることがむしろ奇跡だ。
「奴は夫を、自身のコレクションに加えたの」
そう言ってセイランは―――翼を広げた。
たった今まで腕だった部位が、白く美しい翼に変わっている。
唖然とする俺達を見て、セイランはフフと笑い、翼をまた腕に戻す。
「私は妖精よ、種はハクオウ」
「ハクオウ?」
「夫は対のコウホウ、燃え上がる紅蓮の翼を持っていた、だから奴に、ドルシコーに奪われてしまった」
「貴女の翼も、美しかったが」
ルカートの言葉に、セイランは悲しげな様子で笑う。
そしてゆっくり顔を伏せた。
「ええそう、奴は私達をつがいで捕えようとしたの、でも夫が、私と、私達の卵を護るため、犠牲になってくれた」
「卵? 子供がいるのか」
「まだ生まれていないけどね、信頼している友人に預かってもらっているわ」
「そして貴方は独りで仇を追っている」
「ええ」
眠る前のことを思い出した。
そうだ、俺はセイランと契約を交わしたんだ。
セイランは胸元から羽を一枚取り出す。その先端は俺の血で赤く染まっている。
「貴方達もドルシコーを追わなければならない、だから共同戦線ってことで、これは契約書の代わり」
「ルカートのことか」
「彼にかけられた呪いはドルシコーを消滅させないと解けないわ」
あの時、ドルシコーが呪おうとしたのは俺だ。
複雑な胸中を示すかのように長い尻尾が勝手に揺れる。




