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魔獣骨肉店  作者: 九澄羊
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魔獣骨肉店の代理店主

以前上げていた話をブラッシュアップして再開します。

こちらもトリオケ共々よろしくお願いします。

―――また、あの夢を見た。


汗が滲んだ額を拭う。

寝間着代わりのシャツまですっかり汗まみれだ。

張り付く前髪を除けつつ、体を起こしてベッドから立ち上がる。


カーテンを引くと、今日も鬱陶しいほどの青空が広がっていた。

こっちの気分なんかお構いなしの日差しが燦々と降り注ぐいい天気だ。

ため息を吐いて、簡単に着替えを済ませ、部屋を出る。


「あっ、師匠!」


最初に目に入ったのは忙しなくパタパタと駆けまわっていた小柄な姿。

黒髪の間から覗く三角の耳、尻から長く黒い尻尾を生やし、釣り目気味の目は赤い。


「おはよーございます!」


獣人亜種の娘、うちで手伝いをしているミアだ。

行き倒れていたところを拾って、以来すっかり居ついてしまった。

タダ飯食らいを住ませるほど俺はお人好しじゃないから店を手伝わせている。


簡単に説明しておこう。

世間にヒトは二種類いて、片方は俺のようにこれといった特徴を持たない『人』、もう片方はミアのような獣の特徴を持つ『獣人』

二足歩行で『人』に近い体形をしているが、獣人は外見的にはほぼ獣だ。

立って歩く猫なんかを想像してもらうと分かり易いと思う。

その獣人の中でも『亜種』、ミアのような例外は、獣の姿ともう一つの姿、人に獣の特徴が現れた姿という二つの姿を持っていて、意識的に切り替えることができる。

獣人姿のミアはデカい黒猫だ、毛並みは悪くないが、換毛期になるとやたら毛が抜けて鬱陶しいので、いつも人の姿でいるよう言いつけてある。

叩きつけるように降る雨の中、見ないフリで放っておくわけにもいかず―――仕方なく助けてやっただけだというのに、やたら懐いて「師匠、師匠」とうるさいことの上ない。

俺は弟子を取った覚えも、まして、弟子を持てるような身分でもないというのに。


「おやおやン?」


パンの入ったカゴを抱えたミアは、鼻をクンクンと動かしながら傍に寄ってくる。


「師匠、お顔の色がすぐれませんねぇ、また悪い夢を見ましたか?」

「お前には関係ない」

「えーッひどい! ミアは敬愛する師匠を心配して差し上げただけなのに、そんな冷たい言い方ってあります?」


起き抜けの頭にこいつの声はやたらと響く。

返事をするのも億劫で無視して居間へ向かう。

まだ背後から文句が聞こえてくるが、いつものことだ、放っておけばそのうち気が済む。


そういえば前髪伸びたな、そろそろ切らないと。

視界に入って邪魔だ。


俺は、エリアスという。

現在店主不在の、この魔獣骨肉店で代理店主を務めている。

この店の正式な店長の名はヨル。

両親が死に、身寄りを無くした幼い俺を育ててくれた恩人だ。

数年前に依頼を受け、魔獣の討伐に出掛けたきり戻らない彼女を、俺は代理店主として店を守りながら待ち続けている。


彼女の失踪に際し、国の治安を司る機関は仕事の特性上事件性は無いと判断して、調査どころか捜索さえもまともに行いはしなかった。

確かに魔獣の肉や骨を扱うこの店は、店主のヨル自ら仕入れを行うこともあり、俺も何度か同行したことがある。

討伐に失敗すれば最悪は死が待ち受ける、危険と隣り合わせの仕事だ。


しかし彼女は強かった。

魔獣如きに後れをとるとは考えられない。

だが、もし生きているとして、連絡さえよこさない理由が見当つかない。

一度依頼を受けた討伐先へ出向きもしたが、ヨルに関する僅かな痕跡さえ見つけられなかった。

それでも未だに割り切れない。

俺は、ヨルが死んだと思えない。

だから彼女の帰りを待ち続けている。


そして―――その頃から、同じ悪夢を繰り返し見るようになった。


「ししょーッ!」


居間の椅子に掛けて思索に耽っていた俺の耳に、また姦しい声が飛び込んでくる。


「今朝のお茶はどっちにします? スーッとするやつですか? それとも胃に優しいやつ?」

「水でいい」

「了解しましたぁ、胃に優しいお茶にしますね!」


ああ、まったく。

ようやく傷が癒えて動けるようになったと思ったら、この有様だ。

半年ほど前の大雨の夜、街道で血塗れになり倒れていたミア。

俺に拾われる以前のことは何も思い出せないらしい。

医者に見せていないから何とも言えないが、恐らく心因性の健忘症といったところだろう。

かろうじて自分の名前と、日常のありふれた常識程度は記憶に残っていたようだ。

こんな状態で放り出せばまた死に掛けるかもしれない、だからまだ置いてやっているが、近頃は日増しに厚かましさが増している気がする。

どうにかならないものか。

まあ、ヨルなら帰って来てミアを見ても「あら、可愛いじゃない」なんて言って気にも留めないだろうが。


テーブルに置いてある新聞と諸々の請求書、そして依頼書に手を伸ばす。

一輪挿しに活けられた花は、毎朝ミアが勝手に摘んできて飾っている。

俺は花なんてどうだっていい。

新聞を開いて目を通す。

他国はここより印刷技術も流通も発達しておらず、こうして毎朝情報を届けるような商売も存在しないそうだ。


俺が暮らしているのは、商業連合と呼ばれる国だ。

レヴァナーフ大陸に存在する五つの国家から成り立つエルグラート連合王国。

中央エルグラート、東国ノイクス、南国ベティアス、北国ファルモベル、そしてここ、西国の商業連合。

かつて商人達が起こした国であり、実利主義を掲げ、ヒト、モノ問わずその生産性に何よりも価値が置かれる。

分かりやすく言えば、金を生み、資産を多く持っている奴が偉い、という思想の国だ。


それ故に、うちのような弱小店は何かと軽んぜられやすい。

確かに金はない。

毎月の利益計上はギリギリ黒字で、稀に赤字だ。それでも確実に需要があるから成り立っている。

信用第一を唱えていたヨルの経営方針を引き継ぎ、俺も浮付いた商売はしないよう心掛け店を維持し続けてきた。

本音を言えばもう畳んでしまいたいが、それは代理店長の裁量で決められることではないからな。


はあ、それにしても夢見が悪かったせいか、まだ眠い。

欠伸をかみ殺していると店の表の方から声が聞こえてくる。

誰だ?

営業開始にはまだ早い、こんな店に駆け込みで用がある奴は大抵訳アリだ。

―――ああ、面倒臭い。

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