招くこの手で世界よ踊れ!(聖女イシェクトの巻)
以前上げた【招くこの手で世界よ踊れ】の続編です。
今回登場の女性イシェクトもその基礎的な構想はあったキャラで、神代が比較的得意とする、落ち着いた賢い系ですよ。
「膝枕、というものをご存知でしょうか。それをして差し上げます」
人々からは聖女とも称されるこの私――高位司祭イシェクトが、目の前に立つ彼にゆっくりと語る。
「女が男を子供扱いにする目的でやるアレだな。しかし、俺はそういう悦びは要らん」
およそ阿呆の極みのような会話内容、だのに彼――この国が誇る最高戦力であるキュリエ・アーレイドは油断無く、これでもかという程の仏頂面で返してきた。
ここヴェルトルヴィル聖堂に於いてこの美丈夫は、余りにも苛烈に過ぎる存在。
しかし彼の来訪は予期出来た事とも言える。
何故ならここは、この国を滅ぼそうとする邪霊浄化機関ハルハラと信仰上の繋がりを持つからだ。
……聖堂を守る為に、私は彼を懐柔しなくてはならない。
「私は……今の貴方様との対話に於いては、女性の性というより母性で以て接したく――」
恭しく、頭を垂れる。
「俺の母親はアンタじゃ無い」
私の言葉を、キュリエは至極自然に一蹴した。
威圧感。脅しなどで無く、この人は普通に話すだけでこうも刺々しい気迫を放つのか。
噂ではハルハラに『浄化宣言』をさせた元凶たる王子を、素の表情で半死半生にしたというけど……。
「性急なのですね。私は神の教えを説く司祭でありますれば、この国全ての民を愛の心で包みたいと願っております」
瞳を閉じ、軽く添えたとて弾むこの胸に手を当てて、私は――華美に――彼と向き合い続ける。
「キュリエ様、かのハルハラより浄化宣言を受けたこの国を憂うその御心を、私は解して差し上げたいのです」
その気になれば聖堂さえ畏れず崩壊させるであろうこの人に、私は、何処までも嫋やかな精神で接していく。
「アンタが俺の言うことを聞いてくれれば憂いは無くなる。神の名の下にハルハラの尖兵になるかもしれないこの聖堂を、俺は押さえたい」
キュリエは真っ直ぐな目で私を見返し、凛とした声でそう告げる。
問答無用、という姿勢には見えない。けれど、必ず成すという心がありありと出ている。
……私個人としては、こういう男の事は嫌いでは無い。
この眼の光は、真正面から向き合う上では信頼が置けるから。
「理解は出来ますが、やはり貴方は性急であると思います。なればこそ私の膝枕で、落ち着きを取り戻された方がよろしいかと」
今の私は真面目に阿呆な女を演じている。
阿呆にならず素の私のままでは、ハルハラの協力者として、彼の敵として振る舞わざるを得なくなる。
彼を見て、それは哀しいことだとそう思う。
「……この国は、イかれた奴しか居ないのか」
溜め息と共に、キュリエの張り詰めた気が微かに緩んだ。
「イかれていたとて、この世の生を懸命に生きる人々でありましょう」
「俺はこの国で一番まともだがな」
「ええ、そうであると私も思います」
キュリエは鼻を鳴らしたが、しかし、私をほんの少しだけ好きになってくれたようだった。
「……なあ、お前は本当はどういう奴なんだ?」
「他者に『こうだ』と語れる程、完成された女ではありませんよ」
「そうか。ただ、お前の膝は心が安らぐ。それは間違い無い」
――おしまい――
イシェクトは敵なのか味方なのか、敢えて明確にしない展開にしました。
けど読んでいて不安にはならなかったと思います。どちらであっても魅力が出る塩梅にしたつもりですので。
あとこの【招くこの手で〜】の短編を書く上では、神代は『雑導入に注力する』を一つの目標にしていました。
雑な導入、実は意外と好きなんですよ。書く上でも読む上でも。
短編では舞台背景の説明が難しく(説明まみれの導入はよろしくない)、或る程度の雑さは寧ろ話を引き締める強みにもなる、と思うんですよね。
勿論、その雑さを経て読み進めて貰うだけの導線自体は入れておく必要があるけれど。
身に付けられれば色々便利に使えると思います。