第82話 近衛騎士をやりたいなって思います
ファルシアは自然と意識を取り戻していた。
赤ん坊のように、何のストレスもなく眠りにつき、そして起き上がることが出来た。
疲労感は完全に抜けている。むしろ体の調子がすこぶる良い。
一体、これはどういうことなのか。
ファルシアは自分の状況を確認する。
「ここは、もしかして」
どこからどう見ても、クラリスの部屋だった。
そこで、今自分が眠っているのはクラリスの寝具だということに気づいた。
「さ、流石クラリスさんの寝具。眠り心地が違います」
まるで包み込まれるように、何なら寝具と一体化するような、そんな心地よさ。身体に当たるところ全てが気持ちいい。
自分が手に入れようとすれば、一体どれくらいかかるのか。少し想像しただけで恐ろしくなり、考えるのを止めた。
そうなると、気になる事ができた。
この部屋の主クラリス。
あの後、どうなったのか。クルスを倒すことが出来て、クラリスの無事を確認することが出来た。
ファルシアはふと、自分の手が誰かに握られていることに気づく。
「クラリスさん……」
「すぅ……すぅ……」
寝具の死角にクラリスがいた。彼女はベッドに入ることはせず、側に突っ伏し、ずっと手を握っていた。
膝が汚れることもまるで気にしていない体勢。しかし、ファルシアの手を握っている力はずっと強かった。
それだけで、ファルシアはずっとクラリスが見守っていてくれたことを悟る。
「本当に、ありがとうございます」
ファルシアは恐る恐るクラリスの頭に手を伸ばした。
思えば、初めて主の髪を撫でた。彼女の金髪はまるで絹のように柔らかく、手触りが良い。いつまでも触っていたくなる。
「ふふ。クラリスさんの髪って触っていると気持ちいいです」
乱暴には触らず、割れ物を扱うかのようにひたすら丁寧に。
ファルシアは触っているうちにテンションが上がり、いつもは絶対に言わないことを口にした。
「クラリスさん。クラリスさんは本当にいつも、強くて優しいですよね」
だんだん調子に乗ってきたファルシアは、髪を触る回数を増やしていく。
「私はクラリスさんの近衛騎士です。だから、これからもクラリスさんが嫌わないでいてくれる限り、近衛騎士をやりたいなって思います」
「ふーん。随分、殊勝な心がけね。褒めてあげるわ」
クラリスがゆっくりと頭を上げた。
その口元はニヤニヤしていた。
「くっ!? くくくくくクラリスさん!?」
「あんた、珍しく耳に心地よいこと言ってくれるわね」
「な、なんで起きて!? いつの間に!?」
「あんたが私の頭を触り始めた辺りからよ」
「ひぇっ。割と恥ずかしくなる最初の方だった!」
クラリスは起き上がり、近くの椅子に腰掛ける。
ファルシアも他の椅子に移動しようとしたら、クラリスが手で制する。
「消耗しているんだから、大人しくそこにいなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
「で?」
「……で?」
クラリスが頭を突き出した。
それが何を意味しているのか分からないファルシア。ついにしびれを切らしたクラリスは叫ぶように言った。
「だから! 頭を撫でる続きをしなさいよってことよ!」
「ひ、ひぇっ! すいませんすいません」
そして再び彼女はクラリスの頭を撫で始める。
今度はしっかりと彼女がそこにいる、と確かめるように。
「……あの後、どうなったんですか? というかあれからどれくらい経ったんですか?」
「先に日数の方を答えると、一日よ。あんたは丸一日寝てた」
「丸一日この寝具で……そ、それなら熟睡出来たのも納得です」
「それで、次はアーデンケイル教団のあいつのことね」
そこからクラリスはあの後、どうなったのかを語る。
まずクルスは今回の拉致事件の主犯として、拘束された。
しかし、彼はアーデンケイル教団の執行官。ただで終わる男ではなかった。
彼は己に精神魔法を行使した。一時的に昏睡状態となる魔法だ。目覚めるのが今日なのか、それとも一年後なのか。効果は誰にも分からない。
すぐに情報を聞き出せなかったサインズ王国の負け。そう見て、良いだろう。
「これでアーデンケイル教団を潰せると思ったら、一枚上手だったようね」
「な、なんですぐに対応出来ないんですか?」
「簡単な話よ。今回の件はそもそも『執行官の乱心』ということになる。あいつが意識を取り戻して、しっかり話を聞くまではね」
「え、えぇ……そんなこと許されるんですか?」
「許されるし、許されるように立ち回るのがアーデンケイル教団よ。執行官がいくら幹部クラスとは言え、あっさりと切り捨てるのが、ある意味アーデンケイル教団の潔いところよね」
「……何だか、もやもやする終わり方ですね」
「まぁね。そういうもんでしょ。だからこそ、それだけじゃ終わらないように、しっかり後のこともやってもらうわ」
そう言い切った後で、クラリスはファルシアに向き合った。
「アーデンケイル教団のあいつのことはもう良いわ。それよりも話したいことがあるの」
クラリスはファルシアの頬に手を伸ばす。
「私、ファルシアのことが好きよ。今回の件を経て、強くそう思えたわ」
とうとう彼女は、ファルシアへ想いを告げる。




