第81話 この言葉が、届いていると良いな
「ファルシア君!」
「クルスさん!」
両者激突する。
廃教会内に衝撃波が走る。窓ガラスは割れ、壁には亀裂が生まれる。
クルスの一撃一撃に、対応していくファルシア。先程までのようにバランスを崩すことはもうない。
「ぃぃや!」
ファルシアが跳躍した。そのまま体を捻り、回転の勢いを剣に乗せる。
クルスは短剣を交差させ、攻撃に備えた。
「ごっ……!」
直撃。同時にクルスは顔を歪めた。
まるで鉛の塊を支えているような、重さだった。事前に覚悟して防御していなければ、腕をへし折られていただろう。
辛うじて、剣を受け流し、クルスは反撃を行う。
双短剣を振り回し、ファルシアへ確実にダメージを与えていく。
しかし、ファルシアは怯むことなく、むしろ前進する。
「痛みを忘れたのかな?」
「痛い。けど、それを我慢するだけで、貴方をすぐに倒せるんだ。だから、別に良い」
防御が一瞬遅れた代償は大きかった。
ファルシアは斜め上から剣を振り下ろした。クルスの身体へ深々と食い込む剣。血が吹き出した。
そのままファルシアは体当たりをし、クルスのバランスを崩す。
息もつかせぬ連続攻撃。クルスは危機感を抱いていた。
「これは想像以上。しかし、この程度ではまだ死なないよ!」
『フェイズ・トランス』状態では、潜在能力が解放される。恩恵の一つとして、自然治癒力が跳ね上がっている。
一定の攻撃ならば、すぐに自然治癒をする。しかし、それはファルシアも周知の事実。
伊達に“虐殺剣聖”に勝利したわけではなかった。
「分かっています」
ファルシアは更に攻撃を仕掛けようとしたが、クルスが上手くそれを避け、仕切り直しの状態へ持っていく。
「ファルシア君。君は災害だ。素直な気持ちを持つ少女。そこの王女様に命じられれば、何でもする操り人形だ」
「何を言いたいんです?」
「きっといつの日か、君は取り返しのつかないことをする。きっとそこの王女が君を不幸にするような命令をするだろうさ」
「クラリスさんが……?」
ファルシアが止まり、うつむいた。彼女の反応に手応えを感じたクルスは続ける。
「あぁ。クラリス・ラン・サインズは君を不幸にする。何も言わないのがその証さ」
クルスの言葉通り、クラリスは無言だった。ただ、腕を組み、無言を貫いている。
「なぁファルシア君。私達の所へ来ないか? 君ならば、きっと最高の執行官になれるだろうさ」
「……い」
「何かな? 了承かい?」
ファルシアは顔を上げた。
「クラリスさんはそんなこと絶対にしないし、命令もしない! クラリスさんを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
気づけばクルスの懐に、ファルシアがいた。
胴体を斬り、すぐに両足へ刃を走らせた。反撃しようとする両腕へ剣を何度も突く。
結果、クルスは腕をだらりとさせ、床に膝をつくこととなった。
「君は少しも疑っていないのか? 王女が君を不幸にしないと、なぜ言い切れるのだ?」
「私はクラリスさんが選んでくれた近衛騎士です。どんな事があろうと、クラリスさんの隣にいます。そう決めています」
「盲信的だな。君は例え、王女がいずれ暗君となったとしても、何も考えずに隣にいるのかな?」
「悪い王様になんて、なりません。その時は、私がクラリスさんを注意します」
「……やはり君に対して、言葉を用いるのは無駄だったな」
クルスはファルシアを見る。そこに負の感情はなかった。
「ファルシア君、教えてくれないだろうか」
「なんですか?」
「君はこれからもそうやって、我々の前……いや、様々な者の前に立ちはだかるのだろう。そんな君は、どんな道を歩いていくのかな」
「クラリスさんのいる道が、私の道です」
「筋金入りだな」
「はい、筋金入りです」
次の瞬間、サインズ王国の騎士団が突入してきた。
完全に勝敗を決したと確信したファルシアが、招き入れたのだ。
騎士たちはあっという間にクルスを包囲し、拘束する。
「ファルシア・フリーヒティヒ!」
「ファルシアちゃん!」
その中にはユウリとマルーシャもいた。
「ファルシア」
「クラリスさん……」
クラリスとファルシアが向き合う。互いに無言だった。
「クラリスさん私、言いたいことが」
「私が先よそれ。ファルシアに謝りたかったの。ごめんなさい」
「え?」
「だから! ごめんなさい! 言い過ぎたわ。出て行けなんて言ってしまって。だからその、帰ってきなさい」
「そ、それじゃ私、近衛騎士クビじゃなくなるんですか……?」
「!? はぁ!? いつそんなこと言ったのよ!?」
「だ、だって出て行けって……」
「はぁ……あんたはもう」
クラリスはファルシアを抱きしめた。
「クビなんて誰が言ったのよ。あんた、私の近衛騎士なのよ? 途中で責任を放棄するなんて絶対に許さないんだから」
「あ、はは……良かった。良かった、本当に良かった」
ファルシアは視界が揺らぐのを感じた。
多大な出血と身体のダメージ、そして精神的な負担が消失したことが理由。そう、自己分析した。
意識を失う前に、ファルシアは言いたいことがあった。
「クラリスさん、私の方こそ、ごめんなさい。私もクラリスさんの隣にいたいんです。だから、これからも、一緒にいてください」
最後まで言えたのか分からない。
ファルシアは気づかぬうちに、意識を失っていた。
――この言葉が、届いていると良いな。
そう、ファルシアは祈った。