第79話 さっさとぶち壊さなくちゃなりませんね
「ふふ~んふん」
王都には寂れたエリアがある。発展の礎となった、と言えば聞こえは良い。しかし、新しい建物が作られた末に、隅っこに追いやられてしまったエリアだった。
そこの端に廃教会がある。この教会ではどんな教えを授けていたかは誰にも分からない。
その中央に、アーデンケイル教団のクルスとクラリスがいた。
「随分と機嫌良さそうじゃない」
「あぁ、そう見えるかな?」
「見えるわ。その調子で、私を攫った理由を教えてもらえないかしら?」
「君の近衛騎士を私の手で抹殺したくてね。それでここまで付いてきてもらった」
「私の命に興味は?」
「ない。君一人いたところで、我らアーデンケイル教団の脅威になるとは思えない」
「言ってくれるじゃない。そうやって上から評価したところで、あんた達が出来ることなんて限られているのよ」
クラリスとクルスの舌戦に、勝敗はない。
何せ、互いに『そういうものだ』と理解しきっているからだ。説得や分かり合える、などというヌルい段階はとうの昔に過ぎているのだ。
ここまで挑発しか繰り返していないクラリス。彼女は今、自分がとりあえず安全だという予想があった。
「生憎、私とファルシアは喧嘩中よ。私を攫ったところで、あの子が来るなんて」
「それならば君に用はないので、命をもらうことになるが?」
クラリスの喉元に、短剣が突きつけられていた。
いつ抜剣したか分からない。まさに早業である。
クルスは憐れむような視線を向けた。
「君は自分が死なない、とでも思っているようだが、それは大きな間違いだ。君はここで死ぬ可能性もあるということを、ぜひ忘れないように」
「発言の自由が許されているだけ、あんたはまだマシな誘拐犯なのかもしれないわね」
「秩序と平和がアーデンケイル教のモットーだ。互いに平和にいきたいものだね」
「もう一つ聞かせなさい。あんたは、ファルシアのどこを見て、それほどの脅威を感じているの?」
「彼女の素直さと純粋さ、そして異常なまでの強さだ」
即答。
クルスの言葉に、冗談の意図は感じ取れなかった。
「君のような聡い人間が相手ならば、言葉を重ねることで、いつの日か我らの考えを理解してくれる。大体はそれで上手くいっている」
「ファルシアはあんたらのような胡散臭い奴の言葉なんて、聞かないからね」
「王女の言葉を受け入れるのならば、そうだ。彼女のように純粋な子は、我らがどれだけ口を動かしても、絶対に伝わらないだろう」
「だからこそ」、とクルスは力強く続ける。
「彼女は危険因子だ。御せない強さは、ただの害となる」
「勝手が過ぎる。いかにも三流宗教の考えね。結局暴力でしか思い通りに出来ないってことじゃない」
「それも一つの意見だね。私個人としては、その意見を否定するつもりはない。ただ、今はそういうことなんだ」
「あんたたちは破滅する」
「それは君が決めることではない」
「決められるわ。何せ、私はクラリス・ラン・サインズなんですもの。望む未来を引き寄せるだけの運は、ある」
「ではこれから君の顔に刃を走らせる。それで自身の運の無さを呪ってくれ」
クルスが短剣を振り上げる。
彼が本気だと確信してもなお、クラリスは顔を逸らさない。
ここで逃げてしまえば、あの近衛騎士に笑われてしまうだろうから。
「ファルシア!」
ただ、彼女の名を呼んだ。
「お、お待たせしました!」
扉の破壊音。同時に、意識を失ったアーデンケイル教団員二人が飛び込んできた。
次に現れたのは、ファルシア・フリーヒティヒである。
「クラリスさん!」
「ファルシア!」
見つめ合う二人。
クラリスは扉の向こうへ視線を送る。
「一人で来たの!?」
「みんな外にいます。ここには私一人で来たかったんです。だって私、クラリスさんに謝りたいことが!」
遮るように、クルスが発言した。
「ようやく来たかファルシア君。待ちわびていた」
短剣を振り上げたままのクルス。そんな彼を睨みつけるクラリス。
ファルシアは瞬時に、クルスが何をやろうとしていたかを悟った。
「……何をしようとしたんですか?」
「何を、か。簡単だ、秩序と平和を実行しようとしていたのさ」
「そうですか。なら――」
ファルシアの瞳から、ハイライトが消失した。
「そんな秩序と平和、さっさとぶち壊さなくちゃなりませんね」
ファルシアは自分を抑えられる気がしなかった。
気づけば抜剣している。魔力によって、肉体の活性化も開始している。
つまり、いつでも戦闘に入れる。
「鋭い殺気。やはり君は危険だよ」
「どうでもいいです。まず、クラリスさんから離れてください」
次の瞬間、クラリスの前にファルシアがいた。
ファルシアの剣と、クルスの短剣がぶつかり合っている。
その速さに、クルスは驚愕した。
(私が気づけなかった、か)
「クルスさん、私は怒っています。極力殺さないようにしますが、痛い目は見てもらいますよ」
「それは楽しみだ。私は君を殺したいので、楽に殺されて欲しい」
ファルシアとクルスの戦いは、静かに始まった。




