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第78話 私はクラリスさんの近衛騎士です

「ふぅむふむ。どんな相手をぶつけても、彼女には勝てないのだな」


 アーデンケイル教団が所有する隠れ家の一つ。そこに執行官クルスがいた。


「“虐殺剣聖”でも駄目なのなら、もう私が行くしかないだろうか」


 クルスはファルシア・フリーヒティヒの危険性に気づいていた。

 彼女の戦闘能力はアーデンケイル教団の脅威になる。彼にはその確信があった。


 今までは間接的にファルシアを抹殺するために動いていた。

 しかし、全てが上手くいかない。

 そうなれば、あとはもう自分でやるしかない。


「うん、やはり自ら行くしかないだろうね。だが、ただ素直に行って、彼女が戦いを了承するとは思えない」


 クルスは思考を巡らせる。

 もっとも効率的に、そして効果的にファルシアと戦うためには――。


「やはり、彼女のいちばん大切な者を奪うのが確実か」


 クルスは口角を釣り上げる。



 ◆ ◆ ◆



 ファルシアは王都内の宿屋にいた。

 一旦休んでから、故郷の村に戻るつもりだった。


「ひ、暇です」


 そう言いながら、ファルシアは剣の素振りを行っていた。

 使命を失ったとはいえ、自己研鑽が終わった訳では無い。

 心の平穏を保つのも兼ねて、ファルシアは大好きな剣をただひたすら振っていた。


「クラリスさんを怒らせちゃったな……」


 思い浮かべるのは主クラリスのことだけ。

 言い過ぎた、とは思っていない。言いたいことは言えたと思っている。

 しかし、それはそれ。

 クラリスを怒らせたいわけではなかった。それをちゃんと言えなかったのが、ファルシアの後悔。


「あっ、まただ」


 剣の振りが鈍かった。集中できていない証拠だ。いつもなら真っ直ぐ、それでいて正確に剣を振れる。

 それなのに、剣先がブレてしまった。

 理由は明白だ。彼女はそれを口にする。


「……クラリスさんに謝りたいなぁ」


 今さら会ってくれるだろうか――不安が、彼女を包み込む。

 すぐにでも行きたい自分と、ウジウジと悩んでしまう自分がいた。


 一度素振りを止め、剣を傍に立てかける。

 ベッドの上に寝転がり、腕で顔を覆う。


 目を閉じると、クラリスとの思い出が浮かび上がる。

 最初に出会った頃、近衛騎士になりたての頃、少し慣れてきた頃、クラリスから怒られていた頃。

 そのどれもが、ファルシアにとっては大事なものだった。

 中でも大事なことがある。それは、クラリスの笑顔だ。


 彼女は思わず起き上がる。


「そうだ、私はクラリスさんの力になりたかったんだ」


 初心を思い出す。

 自分が何のために近衛騎士となったのか。最初は気まぐれだったのかもしれない。

 だけど、クラリスは自分を選んでくれたのだ。それに応える以外に、自分の気持ちを示せる方法があるだろうか。いや、無い。


「クラリスさんのところに戻ろう。それで、許してくれるまで謝ろう。うん!」


 彼女がそう決意したのとほぼ同時、自室に近づいてくる足音が二つ。

 ファルシアは念のため、鞘に収まった剣を手繰り寄せる。


 暴漢がやってきた、とは思いたくないが、念には念を入れたい。

 しかし、それは杞憂に終わった。


「ファルシア・フリーヒティヒ!」


「ファルシアちゃん! ようやく見つけた!」


 ユウリとマルーシャが息を切らし、飛び込んできた。

 二人に水を飲ませ、一旦落ち着かせるファルシア。


 次の瞬間、二人から衝撃的な発言が飛び出した。



「ファルシアちゃん、落ち着いて聞いてね」


「クラリス王女が行方不明になりました」



 ファルシアは全身から、血の気が引くような感覚を覚えた。

 呼吸が上手くできず、立ち上がろうとしたら脚が震えて、思わず転んでしまう。


「どういう、ことですか? わ、私が離れたから……」


「ファルシア・フリーヒティヒ。貴方が王女に追い出されたのはネヴィア騎士団長から聞いています」


「でもねファルシアちゃん。クラリス王女はすぐにファルシアちゃんを探しに行ったそうなの」


「わっ私を……!?」


「クラリス王女もファルシア・フリーヒティヒに対して、思うところがあったのかもしれませんね」


「そ、そんな……私が、私が出ていったせいで、クラリスさんが……!」


「落ち着いてファルシアちゃん」


 マルーシャがファルシアの両肩を掴む。

 ファルシアはひどく混乱していた。想像したくないのに、どんどん嫌な想像が膨らんでいく。

 気づけば、ファルシアの目に涙が浮かんでいた。


「ごめんなさいクラリスさん、ごめんなさい。私は最低――」


「殴ります」


 ユウリはそう言うと、ファルシアの頬を叩いた。すぐに胸ぐらを掴み、引き寄せる。


「貴方はなんですか? クラリス王女の近衛騎士でしょう」


「私にもうそんな資格は……」


「あります。まだ、貴方がすぐにでも動こうと思えるのならば」


「私は、行っても良いんでしょうか……?」


「ファルシアちゃんはどうしたいの?」


 マルーシャがそう問うと、ファルシアは大きく深呼吸をする。

 そして、握り拳を作り、ユウリとマルーシャを力強く見つめる。



「助けに行きたい。私はクラリスさんの近衛騎士です」



「それで良いです。早速、城に戻ってきてください。すぐに会議を開きます」


 ファルシアの心に火が灯った。

 この火はもう、絶対に消えることはない。

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