第77話 お世話に、なりました
「私は……どうしたいんでしょう」
ファルシアは即答できなかった。
そのうじうじとした姿に、クラリスは何故か無性に腹が立った。
「あんた、そんなのも分かってないのね」
「む。だ、だったらクラリスさんはどうなんですか?」
「私? 私は……」
一瞬だけ、クラリスは言葉に詰まった。
もちろん、クラリルスは立場上、経験豊富ではない。むしろ純情の類にいる。だが、耳年増な年齢であるクラリスは、そういった知識の収集を欠かさない。
そして、今目の前にいるファルシアに対し、優位に立ちたかった。
「秘密よ秘密。でも、私くらいになれば、引く手あまたなのは想像できるでしょ?」
「む。く、クラリスさんは随分余裕なんですね」
「そ、そりゃあね。あんたの想像を超える経験を、私はしているのよ」
クラリスの発言に、ファルシアはむっとした。
流石に王女だから、引く手あまたなのはファルシアも分かっていた。だが、それを彼女の口から、ましてや自信満々に聞いてしまえば面白くない。
「そそそ、そうなんですね。だったら、私のことは大して気になりませんよね!」
「はぁ~?」
互いにピリピリし始めた。
断じてこれは、どちらに非があったか、とかいう話ではない。
きっかけはたしかにファルシアの告白絡みの話だった。
しかし、互いが互いの言葉に過剰反応し、それに返していった結果――。
「あんたやっぱり生意気よ! もう知らない!」
「ク、クラリスさんこそ知りません! いつも強引に話を進めちゃうの、駄目だと思いますっ!」
見事に喧嘩となっていた。
クラリスは意地っ張り。ファルシアは案外負けず嫌い。互いに歩み寄れるのは一体どちらからか、誰にも分からない。
「あんた、主の私に大きな態度ね。ほんっと生意気になったわ!」
「くっクラリスさんはもう少し、人の事を考えてください!」
「はぁ~?」
「むぅー!」
睨み合う二人。
そこに誰かいれば、うまい具合に事態を収めてくれたことだろう。
しかし、今回は二人きり。ヒートアップすればするほど、こじれていく。
とうとう、クラリスは扉を力強く指さした。
「出て行きなさい! しばらく反省していなさい!」
「え……」
ファルシアの頭の中で、彼女の言葉はこう聞こえてしまった。
――近衛騎士クビよ! この城から出ていきなさい!
ファルシアの身体に電流が走った。
騎士じゃなくなる。
この事実に、彼女は目眩をおこしそうになった。
しかし、ファルシアは今、冷静ではない。自分から謝るという選択肢がなかったし、クラリスと冷静に話し合うという考えも出てこなかった。
「わ……分かりました。お世話に、なりました」
「ちょ、ちょっとファルシア」
もともと荷物が少なかったファルシアは、リュックを一つ背負うだけで準備が終わってしまう。
ファルシアはそれでも、クラリスに一礼するだけの恩を感じていた。
「こんな私を、少しの間でも近衛騎士にしてくれて、ありがとうございました」
「は? ファルシア、あんた何言ってんの? ねえファルシア! ファルシアってば!」
ファルシアの耳に、クラリスの声は届いていなかった。
失意の中、ファルシアは城の外へと出るべく、ひたすら歩を進めるのであった。
一人取り残されたクラリスは、すぐには動けなかった。
「えっ……まさか、本当に出ていった?」
言葉を口にして、ようやく事態を認識したクラリスは慌てて部屋を飛び出す。
そこにはもうファルシアの姿はなかった。
「クラリス王女? どうされたのですか?」
騎士団長ネヴィアが不思議そうな顔で近づいてきた。
いつものクラリスならば、素っ気なくやり過ごすのだが、今はそれどころではない。
事の一部始終を説明すると、ネヴィアは頭を抱えていた。
「クラリス王女、なんと馬鹿なことを……」
「私が悪いって言うの!?」
「はい。その通りです」
一刀両断。
ネヴィアは手心を加えるつもりは一切なかった。
「私が見てきた中で、ファルシアと王女の相性は最高だと思っていました。まぁ一度くらいは喧嘩する日が来るとは思っていましたが、これは……」
「ファルシアは本当に出ていったと思う?」
「城から出た報告はまだ聞いていませんが、時間の問題でしょうね」
「じゃ、じゃあネヴィア。早くファルシアを――」
「私は命令とあらば従いますが、クラリス王女は本当にそれで良いのですか?」
痛い所を突かれてしまった。
ネヴィアに言われなくても理解していた。
この問題に関しては、誰でもない。自分とファルシアの問題だ。
「……下がりなさいネヴィア。私はこれから用事を足してくるわ」
「はい。では、良き結果となるように祈っています」
「不要よ。私は私の力で最良を引き寄せてみせるのだから」
クラリスは走り出した。
結果として、ファルシアはすでに城から出ていってしまっていた。
だが、これで諦めるクラリスではなかった。
彼女が奮闘している中、クラリス王女に影が忍び寄る。
それはファルシアとクラリスにとって、最大の試練とも呼べる影だ。
ファルシアはこの後、城を出ていったことを後悔する。
クラリスはこの後、ファルシアを追い出したことを後悔する。
さぁ、最後の物語が始まる。




