第75話 こんなにも追いかけたい、と思ったのは初めてです
訪れる運命の日。
ユウリとファルシアは再び、向かい合っていた。
「ファルシア・フリーヒティヒ。来ましたね」
「はっはい。よろしくお願いします」
ユウリから木剣を受け取ろうとするファルシア。
「一週間前の私とは違いますからね」
「そ……そうですか。なら、互いに最後まで油断せず戦いましょう」
二人は適当に距離を取り、木剣を構える。
ファルシアはやや上段に剣を構える。対するユウリはファルシアへ切っ先を向けるように構える。
(あ、ユウリさん。何か違う)
そこでファルシアはユウリの心境の変化に気づいた。
一週間前のような、『荒々しさ』がない。今は清流のごとき、闘気の発し方だった。
簡単に隙を作ることはない。そう、ファルシアは判断した。
「行きます」
宣言と共に、ユウリが突撃する。
勢いを乗せた突き。ファルシアは対応しようとした。しかし、剣はすぐに止まり、軌道が足元へと変わった。
「フェイント……」
「まだっ!」
ファルシアが後ろに跳躍したのと同時に、ユウリが前進する。
ユウリはファルシアの回避行動の癖を知っていた。
足元を狙えば、かなりの確率で後退する。ユウリは回避行動を行うだろうという一点読みで、わざと足元を狙ってみせた。
一瞬だけ宙にいるファルシア。そこがユウリにとって、攻撃の機会。
「はぁっ!」
斬り、払い、突く。一連の動作を高速で繰り返すユウリ。
反撃の隙なぞ与えない。その前に圧殺する。その思いで、彼女は何度も剣を振り回した。
「っ」
ユウリの狙い通り、ファルシアは防御することに精一杯だった。
それだけユウリの剣は速く、そして正確なのだ。
ようやく着地したファルシアは再び距離を取り、身体の総点検を開始する。
(あちゃあ……やっぱりすごいなユウリさん。何回か当たってるや)
ペタペタと身体を触り、鈍痛を確認する。完全に防御していたつもりだったのに、まさかのダメージ。
速さだけで言うならば、もっと上の者がいる。しかしユウリの真価はそこではない。
(相手にとって嫌な所へ、すぐに剣を振れるのは流石です)
防御がギリギリ間に合う位置と、そうでない位置がある。
そのとき、防御側が判断しなければならないことが色々とある。例えば、『防御するか』『甘んじて攻撃をもらうか』『これで死ぬ可能性があるかどうか』。
ファルシアは積み上げられた実戦経験をもとに、防御するかどうか決めている。
ユウリの怖いところはそこにある。
ファルシアにとって、『危ないかもしれない』と思う所を高速で狙ってくるのだ。
真剣勝負において、『かもしれない』は大きな意味を持つ。
ギリギリまで、スルーして良いのかどうか悩まなければならないから。
「ユウリさん、一週間で見違えました。すごいです」
「ファルシア・フリーヒティヒ。貴方に褒められるのは、やはり悪い気はしない!」
「そ、そうですか?」
ユウリの勢いは止まらない。しかし、ファルシアもだいぶ『慣れていた』。
高速の攻防を繰り返しながら、ユウリは喋る。
「一週間前、私は貴方に勝つことだけを考えていました」
「はい……」
「だけど、気づいたんです。貴方に勝つことが私の全てなのか、と。違う。そうじゃない」
互いに木剣をぶつけ合い、じりりと距離を詰める。いわゆる鍔迫り合いの状態だ。
「私は貴方との戦いを通じて、私自身が成長できているのかを確認したかった。……そうです、私は自分自身という最大の敵を無視していたんです」
「ユウリさん、そこにたどり着いたんですね!」
ファルシアが一気に剣を振り上げると、ユウリの剣が大きく弾かれた。
最大の隙。そこを見逃すファルシアではない。
「なら、あとは剣を振り続けるだけです。頑張りましょう、一緒に」
すれ違いざまの一閃。
ファルシアの横一文字斬りが、しっかりとユウリへ決まった。
「ふぅ。ありがとうございましたユウリさ――?」
次の瞬間、ファルシアは目を疑った。
ユウリが木剣を放り、ファルシアの胸へ飛び込んでいた。
「ゆゆゆゆゆユウリ、さん!?」
「ファルシア・フリーヒティヒ。貴方はいつも、そうやって私の心を揺さぶりますね」
ユウリがファルシアへ抱きついている。ファルシア自身も、きっと第三者もそう見えているだろう。
何か言おうとワタワタしている内に、ユウリが言葉を続ける。
「初めて会ったときから、貴方はいつも私の上を行きます。私がどれほど努力しようが、貴方はすぐにもっと先へ行く」
いつの間にか、ユウリはファルシアの体に腕を回していた。
「こんなにも追いかけたい、と思ったのは初めてです。いつかは追いかけられたいとも思います」
「えと……? ゆ、ユウリさん、つまりどういうことでしょうか?」
ユウリの心臓の鼓動が伝わってくる。
ファルシアはその速さから、今の発言もこれからの発言も、冗談ではないことを悟った。
「まさか同性相手にこんな感情を抱く日が来るとは思いませんでした。少し恥ずかしいですが、言葉にしたい自分がいます」
「き、聞かせてください」
そう、これはマルーシャのときと同じ。
「ファルシア・フリーヒティヒ。貴方に好意を抱いています。もちろん恋愛の意味で。貴方はどう思っていますか?」
ユウリの顔は耳まで真っ赤だった。




