第74話 自分の気持ちを確認できました
「私は弱い騎士です」
第一部隊隊舎。ユウリ・ロッキーウェイは隅っこで膝を抱えていた。
他の第一部隊所属の騎士たちは遠巻きに、その様子を眺めている。
ユウリは常に自信に満ち溢れていて、自分の道を真っ直ぐ歩いて行く。
そんな彼女が、落ち込んでいる。それは異常事態なのだ。故に、誰も声を掛けられない。
同僚たちの視線には一切目もくれず、ユウリは己と対話していた。
「あと三日。どうすればファルシア・フリーヒティヒに勝てるのか」
約束の日まで、あと三日。
あれから必死に修業を重ねた。剣術と、魔力による身体能力強化。ファルシア・フリーヒティヒの土台で戦えるように、彼女は注力した。
しかし、まだまだ彼女に勝てるビジョンが見えない。
――イグドラシルに相談する。
浮かび上がる選択肢を、無理やり頭の中で排除する。
自分の力で成し遂げなければ意味がないのだ。
安易にその手段を取ることは、自分が弱者だと認めるようなもの。
「おーいユウリ。どったの~?」
イグドラシル・クレイヴァースがジョッキを片手にやってきた。
もはや当たり前の光景過ぎて、突っ込むことすら忘れてしまう。
イグドラシルはジョッキに口をつけながら、ユウリの隣に座る。
「飲む?」
「業務中の飲酒なんて言語道断ですよ」
「じゃあ業務中に隅っこでうじうじしてるのは良いのかな~?」
「うっ……」
ぐうの音も出ないど直球ストレート。
ユウリは何も言い返せなかった。いつもならそこでイグドラシルは喜び、煽り始める。
だが、今日のイグドラシルはそういうのが目的ではない。
「なんかあったの? 最近ずっとうんうん唸ってたり、考え込んでいるって報告を受けるんだけど」
「……なんでもありません」
「はい嘘~! そういう返しをする人に何もなかったことなんて、歴史を振り返っても存在しませーん!」
図星のユウリはつい口を閉ざしてしまった。
――あまり、この手は使いたくないんだけどな。
イグドラシルは少しだけ、彼女の真面目さをつついてやることにした。
「隊長命令だって言ったら、すぐに話してくれる? 私はそんな命令出す前に聞きたいんだけどな」
イグドラシルの優しさを理解できないほど、ユウリは愚かではなかった。
あくまで一人の人間として、接してくれているからこそ、あえてそんな言い回しにしてくれているのだ。
ここまで言われて、黙っているようであれば、もう終わりだ。
ようやくユウリは話すことにした。
「なるほどねぇ。三日後、ファルちゃんと戦うのか」
一通り聞き終わったイグドラシルは思った以上の難題にビビっていた。
ファルシアに勝つというのは並大抵のことではないと、よく理解しているからだ。
「一週間後、貴方に勝つと啖呵を切っておきながら、前回と同じならば格好もつかないです……」
「ふむふむ……ふむ?」
イグドラシルはそこで引っ掛かりを覚えた。
「あれ? ユウリってどうしてファルちゃんと戦うんだっけ?」
「? ファルシア・フリーヒティヒに勝つためです」
「どうして勝ちたいの?」
「そんなの……」
即答できなかった。
半ば意地になっていたのもあるが、どうして勝ちたいのか。その理由をすぐ口に出せなかった。
「私が力をつけた理由は、知っているよね? 物盗りぶち殺すために全てを捧げたってやつ」
「はい、もちろんです」
「ユウリは何でファルちゃんに勝ちたいの? というか、どうして強くなりたいの? 最強の剣士になりたいから?」
「そうではありません。私は第一部隊隊員として、魔物からみんなの生命を守りたいんです」
「ファルちゃんに勝てば、魔物からみんなの生命を守れるの?」
「自分の力に、自信が持てると思ったからです。それに、胸を張ってイグドラシル隊長の隣に立てると思って……」
ユウリの中で、何かが溶け始めていた。
「うんうん。じゃあ本当に大事なのは、ファルちゃんに勝つことじゃないんだね」
「そう、です。けど、ファルシア・フリーヒティヒといると、いつも心が高ぶるんです。自分も早く貴方と同じ景色を視たい、と」
イグドラシルは最後に、こう聞いた。
「もう一度、同じことを聞くよ。どうしてファルシアちゃんと戦うの?」
「自分が今、どこまでの実力なのか、ファルシア・フリーヒティヒに近づけているのか、昨日の自分よりも強くなっているのか。それを、確認するためです」
「よっし。そういうことだ! じゃ、私から言うことは特になし! あとは頑張れ!」
ジョッキの酒を一気に飲み干し、イグドラシルは立ち上がった。
それに合わせて、ユウリも立ち上がる。
「あの、イグドラシル隊長」
「ん?」
「ありがとうございます。自分の気持ちを確認できました」
「うんうん」
「私の人生にとって、ファルシア・フリーヒティヒは欠かせない存在だということが良くわかりました」
「おーい。なんか超斜め上の展開になって、私倒れそうだぞー」
「私、三日後の戦いでファルシア・フリーヒティヒに気持ちを伝えたいと思います」
「え、これ何の話? 恋バナ? 私飲み過ぎてんの?」
「それでは準備がありますので、これで! イグドラシル隊長、このお礼は近日中に必ず!」
止める暇もなく、ユウリは走り去ってしまった。
彼女の背中がどんどん小さくなっていく。
色々と思うところはある。
ある、のだが。
「飲むか。うん、飲もう。野郎ども集めて一杯やるか」
その夜、イグドラシル主催の飲み会が盛大に行われた。
後日、その飲み代を経費にしようとしたイグドラシル。経理がユウリに『情報提供』した結果、当然と言えば当然だが、全額自己負担となったのは言うまでもないだろう。




