第72話 私、ファルシアちゃんが好き
「美味しっ! このケーキ、めちゃくちゃ美味しっ! あま~!」
「甘くて美味しいですね」
念願の苺のケーキを食べ、夢心地のマルーシャ。
対するファルシアはその甘さにクラクラしていた。
「あれ? ファルシアちゃんって実は甘いもの苦手?」
「あ、えと、そういうのでは。ですが、甘いものを自分から食べる機会がなくて。それに――」
「それに?」
ファルシアは周囲を見回す。人、人、人。しかも皆、キラキラしている。プラスエネルギーが四方八方から襲いかかってくる。
正の気にあてられ、ファルシアは溶けそうになっていた。
「その、皆、楽しそうだなって」
「そりゃそうよ! 甘いものを前にして、テンション落ちる人なんて、そうはいないんだから!」
「あははは……そう、ですよね」
突然笑い出すマルーシャ。
いきなりの反応に、ファルシアは挙動不審になってしまった。
「ど、どどどうしたんですかマルちゃん?」
「ごめんね。勝手に笑っちゃって。ただ、ファルシアちゃんはホント面白い子だなって」
「わっ私がですか!? そそそそんなことはないです」
「戦う時はすごく冷静なのに、こういう時のファルシアちゃんって、ずっとワタワタしてるじゃない? だからそれが面白くって」
「それは何も言い返せません……」
「ファルシアちゃんって戦うのが好きなの?」
「大好きです」
「おおう、即答だね」
いつもはオドオドしているファルシアが必ずキリっとする瞬間がある。
何を隠そう、戦闘の話題である。女の子がそれでノリノリになるのは少し思うところがあるマルーシャ。
しかし、彼女はそれを一切態度には出さず、苺のケーキを口に入れる。
苺の酸味と、クリームの甘さ、スポンジの口当たりがどれも素晴らしい。
「ファルシアちゃんって今、どれくらい強くなったの? もしかしてイグドラシル隊長くらい?」
「そ、そんな滅相もありません! 多分、まだイグドラシルさんには勝てないと思います」
「そうなの? あの“虐殺剣聖”に勝ったのに、随分はっきり言うね」
ファルシアはイグドラシルの剣を思い出す。
『フェイズ・トランス』という領域に足を踏み入れてもなお、あの剣鬼とやり合えるイメージが浮かばない。
イグドラシル・クレイヴァースの剣の腕は、次元が違う。
「まずはイグドラシルさんに本気を出してもらえるように、頑張っていきたいと思います」
「そっか、やっぱりファルシアちゃんはかっこいいね」
「ぜっ全然です! 私はただ剣が好きなだけです。そ、それを言うなら、マルちゃんもです」
「? 私が?」
「はい。マルちゃんもユウリさんも、“虐殺剣聖”に立ち向かえました。あの人の殺気や闘気は、その辺の人が受けてしまえば発狂していました」
「……確かに凄まじかったけど、そのレベルだったのか」
「はい。だからマルちゃんはすごいです。頑張って立ち向かえた人なんです」
「あはは、何だか照れるなー」
パタパタと手であおぐマルーシャ。すっかり顔が赤くなっていた。
褒めようとしたつもりが、逆に褒め返されてしまい、彼女はすっかりペースを乱されてしまった。
「私は、さ」
苺のケーキを食べ進めながら、マルーシャは言った。
「今まで訓練に集中できていなかったんだけど、最近はちゃんとやろうって思えるようになったんだ」
「そう、なんですか?」
「うん。それもファルシアちゃんのおかげ」
「私、何もしてません」
「ううん。してくれたんだ。山賊に助けられたときから、私はファルシアちゃんが目標だったんだ」
「私が目標なんて、恐れ多いです」
「そんなことないよ!」
ファルシアは突然の大声にびっくりした。なんとなく苺のケーキへフォークを伸ばしてみた。
しかし、既に皿は空だった。妙な間になってしまった。
「私はどんなことがあっても、絶対に諦めないファルシアちゃんの姿がいつも眩しいんだ」
マルーシャは続ける。
「ファルシアちゃんと一緒にいられたら、きっと私もおんなじくらいに頑張れるんじゃないかって、そんな風に思えるんだ」
「私のことをそんな風に……」
マルーシャは気づいていなかった。
自分があまりにも興奮しすぎていることに。ファルシアの自己否定が、彼女の口の回転率を上げていたのだ。
「これからも私はそんなファルシアちゃんと一緒にいたいんだ――うん、今そう確信した」
既にマルーシャの心のブレーキはぶち壊れていた。
もしもこの場にクラリスがいたのなら。すぐに止めに入っていただろう。
しかし、彼女は今、この場にいない。
マルーシャはファルシアの瞳をじっと見つめる。
彼女の澄んだ瞳が、あどけない顔立ちが、その全てがマルーシャにとって愛しく感じる。
「私、ファルシアちゃんが好き。私と付き合ってください」
そして、とうとう言い放った。
大上段の構えから繰り出される一撃必殺。
ただの剣撃ならばファルシアは容易く受け止める。しかし、この想いの斬撃に対する受け止め方を、全く知らなかった。
「……え、え? ええっ!?」
「返事はすぐじゃなくてもいい。だから、ちょっとでも良いから、私とのこと考えてみて欲しい」
マルーシャはあくまで真剣な表情だった。
ファルシアは混乱する。まさかの展開に、思考が追いついていない。
何だか無性に、また苺のケーキが食べたくなった。




