第71話 一日貸していただけないでしょうか!?
「あぁもう! しんっじられない! ほんとあり得ない!」
クラリスは自室で怒り狂っていた。
原因は近衛騎士ファルシアにある。
「マルーシャ、随分とグイグイ来たものね」
マルーシャが突撃してきたことは今も覚えている。
『クラリス王女! ファルシアちゃんとデートしたいので、一日貸していただけないでしょうか!?』
入室するなり、マルーシャはそう言ったのだ。
あまりにも直球過ぎて、クラリスは一瞬、言葉の意味が分からなくなってしまった。
その時、クラリスの中で、葛藤が生じたのをよく覚えている。
「これで良いのよね。良いはずよ」
ファルシアは近衛騎士だ。
王女を守る――このシンプルにして、究極の任務を達成するためには、サインズ王国騎士団全部隊との連携が必要不可欠。
それ故に、彼女の中で、二つの相反する考えが生まれる。
ファルシアをずっと囲い込んでおきたい、ただのクラリス。
積極的に外に出して、皆と仲良くなってもらいたい王女クラリス。
彼女は悩みに悩んだ。
マルーシャ・ヴェンセノンでなければ、すぐに断っていた。それどころか門前払いをしていただろう。
だが、ファルシアを通じて、彼女とはそれなりに交流している。
だからこそ、二つの考えがぶつかったのだ。
「もう、ほんと馬鹿ファルシア」
クラリスは自分で紅茶を淹れ、一気に呷った。
紅茶の熱さが思考を冷静にさせる。
「……たまには公務でもやろうかしら。それで、帰ってきたファルシアをびっくりさせてやろう」
働いたことに驚くファルシアの顔が浮かんだ。
そこでまた冷静になる。どうして――。
「え、どうして私、こんなにあいつのこと考えているの?」
戸惑い。
こういう機会など、何回もあった。しかし、今ほど彼女のことを考えていない。
マルーシャの顔と声が浮かぶ。
彼女がファルシアと楽しい時間を過ごしているのを想像しただけで、なんだか胸が苦しくなる。
無性にファルシアに会いたくなってしまったクラリス。
この気持ちを言葉にはせず、彼女は自室を後にした。
◆ ◆ ◆
「ここだよファルシアちゃん!」
「ひ、ひぃ! な、なんだか人が多い、ですね」
ファルシアとマルーシャは王都のとあるケーキ屋に来ていた。
ここは王都に最近できた店である。そこの最大の売りは『苺のケーキ』。シンプルにして、究極とも言えるケーキが看板商品なのだ。
「そりゃね。開業二日目くらいで大行列が出来てたみたいだよ」
「とっとてもすごい店ですね」
今も行列が出来ている。待ち時間にして、どれくらいだろうか。
とはいえ、並ばないことには始まらない。ファルシアたちは最後尾に並んだ。
「そうそう。今日はここの苺のケーキを一緒に食べたいなって」
「苺のケーキ、美味しそうですね」
「友達から感想聞いたら、『マルちゃん、苺のケーキ、やばい』って」
「マルーシャさんのお友達が……」
「あっ! そういえば、ずっと気になってんだけど、私『マルちゃん』って呼ばれてない!」
「た、確かに呼んでないかも」
プリプリと怒り出すマルーシャ。彼女はファルシアの鼻頭をちょんと小突いた。
「はい、私に続いて呼んでみよー。はい、マルちゃん」
「ま、マルちゃん」
「完璧~!」
「きゅ、急に抱きつかれると恥ずかしいです。あと、息が……!」
「ごめんごめん。力んじゃって、つい落としそうになっちゃった」
「えぇ……」
可愛らしい見た目をしているとはいえ、マルーシャは立派なサインズ王国騎士団の一人。相応の訓練を受けた人間なのだ。
「そういえば、あれからファルシアちゃんって身体に異変があったりしないの?」
「あれからと言うと?」
「何だっけあれ。え~と……そう! 『フェイズ・トランス』を使った後のことだよ」
ファルシアは腕を組み、『フェイズ・トランス』を使った後のことを思い返す。
身体に悪影響はない。むしろ、その逆だった。
「すこぶる調子が良い、ですかね? 何だかこう、今まで蓄積されていた経験が、一気に身体に流れ出したというか、うーん……。言葉にするのが難しいです」
「ファルシアちゃんの経験値が、一気に身体に馴染んだんだね」
「なるほど。今までやりたかった動きというか、イメージと現実がようやく噛み合ったという感覚は確かにありました」
「きっとファルシアちゃんは、前よりももっと強くなっているんだね」
「そうだと、思います。早く色んな人と戦って、この感覚を手放さないようにしなくては……」
「流石、近衛騎士! 一生懸命! 好き!」
「ひ、ひぇ! そ、そんなに褒められる人間じゃないですよ……」
話をしている内に、自分たちの順番がやってきた。
どれくらい話をしていたか分からない。時間も忘れるくらい、盛り上がったのだろう。
「さぁさ! 入ろうよファルシアちゃん! 今日はもりもり食べちゃおう!」
「も、もりもりは食べられませんが、ケーキは楽しみです」
入店する寸前、マルーシャは一瞬だけ真顔になり、こう呟いた。
「――ファルシアちゃんはすごい子だよ。だから私は、好き」
彼女の小さな声は風に乗る。
そのため、ファルシアの耳に届くことはなかった。




