第70話 ねぇ、今度デートしない?
あれからの話だ。
バックアップで動いていたサインズ王国騎士団第二部隊が、すぐに応援を呼び、“虐殺剣聖”と戦った場所へ軍が派遣された。
その間に、全てが決していた。
軍が到着した頃には、既にその戦闘は終了していた。
アーデンケイル教団の兵士五十人はその場で全員死亡。
クルスと“虐殺剣聖”の死体は見つからなかった。
しかし、尋常ではない血溜まりがあり、片方あるいは双方に一定以上の傷がついたことと予想される。
ファルシアたちも改めて現場へ向かってみると、もはや綺麗なものだった。
最初から何もなかったのではないかと、そう錯覚するほどに。
「“虐殺剣聖”さん……」
ファルシアは目を閉じ、辺りの気配を読み取った。
戦場には想いや殺気、闘気が残留する。
彼女はその気配を読み取ってみた。
“虐殺剣聖”は間違いなくここで戦った。しかし、その後が分からない。
帰りの馬車の中で、クラリスはこう言った。
「あんた、自分で再戦の約束したじゃない。あの“虐殺剣聖”は約束を破る男?」
「い、いいえ。そんなこと、ないです」
「だったらシャキッとしなさい。あんたはうじうじ悩んでいるより、馬鹿みたいに笑ってた方が似合ってんだから」
「ありがとう、ございます。もしかして、私のことを心配してくれているん、ですか?」
「は、はぁ!? 何を抜かしてんのよ調子に乗らない!」
「いひゃいです」
ファルシアの頬をつまみ上げるクラリス。
ファルシアには最近分かったことがある。クラリスは図星を突かれたら、こうして実力行使に出るのだ。
それが彼女には、どこか嬉しかった。クラリスの温もりを直に感じられるからだ。
「はぁ。で、あんたはまだ落ち込んでるの?」
「なっななな何がですか!?」
「とぼけなくても分かるわよ。“虐殺剣聖”のことでしょ」
「あはは。クラリスさんにはお見通しですね」
ファルシアはぽつりぽつりと話し出す。
「私はその、“虐殺剣聖”さんに驚いたんです。騎士団さんやイグドラシルさんにも負けない剣の腕でした。だから私は叶うことならば、ずっと斬り合っていたかった」
「あんたって本当、剣馬鹿よね」
「えへへ、ありがとうございます」
「褒めてないから」
「で、でもクラリスさんから聞ける言葉の中でも、すごく嬉しいです」
「――! ば、馬鹿じゃないの! 剣馬鹿だし、ただの馬鹿!」
ファルシアとクラリスの言い合いは続く。それは互いに優しさが込められていて。
「あのさ、ファルシア」
「はい?」
「私のこと、どう思ってる?」
「へぇっ!?」
突然の質問に、ファルシアは固まった。
一体、どう回答するべきか。ファルシアは困ってしまった。
いつものクラリスならば、ここで追撃する。しかし、彼女はそこで一歩引いた。
「まぁ良いけど。でも、ちゃんと返事してよね」
「え、と、はい」
ファルシアは首を傾げた。
本当に意味が分からない。彼女が一体、何を言いたかったのか、予想すらつかない。
王城についたファルシアに、自由行動が言い渡された。
時間も時間だったので、ファルシアはとりあえず昼食をとることにした。
肉オンリーのメニュー。彼女は肉の塊を食べたかった。
肉は身体を作る。剣士は身体が基礎中の基礎。母親からも言われていたので、ファルシアは常に肉をメインに食べていた。
そんな彼女に近づく者は誰もいなかった。彼女の食事の量が凄まじくて、誰も声をかけられなかったのだ。
ファルシアはひたすら肉を頬張る。騎士としては、ある意味、大正解なのだが、いかんせん絵面が厳しい。
彼女に近づくものが一人いた。
それはサインズ王国騎士団第三部隊のマルーシャ・ヴェンセノンである。
「やっほー。ファルシアちゃん、今空いてる?」
「え!? えと、はい、空いてます」
「一緒にご飯食べて良い?」
「はい、もちろんです」
「ありがと~! お邪魔しま~す!」
マルーシャのトレイに置かれた食事は、野菜中心だった。
ファルシアとは真逆の内容。それを見て、一瞬ファルシアは謎の申し訳無さを感じた。
「ファルシアちゃんってすごい食べるよね」
「あはは……。何だか食べないとお腹が減ってしまって」
「それは間違いないね! 私も訓練した後は食べないと、お腹減って仕方ないんだよね」
食事中はあまり喋らないファルシア。黙々と肉を頬張っていた。
そんな彼女を、マルーシャはじっと見つめている。
「ねぇ、今度デートしない?」
「っ!? だ、誰と、ですか!?」
「私と、ファルシアちゃん」
「あばばががば!」
狼狽えすぎて、もはや不審者である。
マルーシャはニコニコとしていた。
「嫌?」
「ななな、そんなことはははないです。ま、マルーシャさんみたいに可愛い人が私と、と思ったら発作がががが」
完全にファルシアはぶっ壊れていた。
しかし、マルーシャは言葉を撤回する気はなかった。
「嫌じゃないなら、明日しよう!」
「明日ぁ!」
「確かお休みだよね?」
「な、何故知っているんですか?」
「クラリス王女に聞いたから、かな?」
ファルシアは、その時のクラリスの顔を想像したくなかった。
となれば、これはもはやクラリス公認といっても差し支えない。
そして、ファルシアは別に断る理由はない。
つまり――デート成立なのである。




