表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/83

第68話 この剣を走らせることだけだ

 ファルシアと“虐殺剣聖”が無言で睨み合う。

 僅かに出来た息継ぎの時間。

 ユウリは驚きの声を上げていた。


「『フェイズ・トランス』……イグドラシル隊長と同じ技を、ファルシア・フリーヒティヒが……!」


「ユウリちゃん、あれってどういう状態なの?」


「私も知りたいから教えなさいユウリ。王女命令よ」


 ユウリは少し迷った末に、『フェイズ・トランス』について、知る限りの情報を開示することにした。


「あれは精神力が一定レベルに到達した者のみ行使出来る、魔法の一種です」


「魔法? あれが? そうは見えないわよ」


「私もクラリス王女と同意見。あれって魔力による肉体活性化とどう違うの?」


「本質的には変わりません。『フェイズ・トランス』はその者の潜在能力を解放し、戦闘能力を極限まで引き上げると聞いたことがあります」


「潜在能力を解放……」


「はい。リミッターを外し、限界まで身体能力を出力することができます。溢れ出す闘気と共に、魔力も循環するため、魔法に対する防御力も向上するとか」


「そんなとんでもないモンをイグドラシルも使えるのね」


 直後、クラリス達は、突風と地割れに襲われる。

 一瞬、魔法かと疑った。だが、原因は明白である。

 ファルシアと“虐殺剣聖”が放つ、『フェイズ・トランス』由来の力場。それが互いにぶつかり合い、自然現象を生んだ。


(『フェイズ・トランス』。イグドラシルさんの領域だ。すごい……力が無限に溢れてくるようだ)


「この領域にたどり着いても、落ち着いているな」


「ええ。それよりも、早く貴方にこの力を振るってみたいものだなと」


 ファルシアの口調が明らかに強くなっている。

 “虐殺剣聖”はそれに気づいたが、あえて指摘することはしない。ただ、目の前の敵を斬滅することしか、頭にないからだ。


「俺についてこれるか?」


「追い抜いてしまったら、すいません」


 二人は同時に駆け出した。

 まず仕掛けたのは“虐殺剣聖”。長剣を三度振るった。

 対するファルシア。一度目の逆袈裟斬りは受け流す。二度目の突きは叩いて逸らす。三度目の振り下ろしは剣を横に構え、受け止める。

 一度打ち合うたび、大気が揺らぎ、地面に亀裂が走る。

 

 その人外の攻防に、クラリスは唖然とした。


「な、なにこれ……」


「……悔しいですが、ファルシア・フリーヒティヒには元々力が備わっていました。それに『フェイズ・トランス』の力が加われば、あの“虐殺剣聖”にすら届くということなのですね」


 クラリスは小さく『頑張れ』と呟いていた。完全に無意識だ。ファルシアを見守る彼女が、心の底から想い、自然と漏れ出た言葉だった。


「ぃぃや!」


 ファルシアは跳躍し、“虐殺剣聖”へ剣を振り下ろす。“虐殺剣聖”は受け止め、剣を水平に振るった。長剣はファルシアの胸を掠める。


「ゥ……!」


 バランスが崩れた彼女は、全身が斬られた感触を覚えた。

 彼の斬撃が『残っていた』場所に飛び込んでしまったのだ。全身から血を流すファルシア。同時に自然治癒が始まる。致命傷には至らないが、いつまでも斬撃をもらい続けること出来ない。


「すごく手堅いや。自分のペースに持っていくのがすごく上手い。攻撃しているつもりが、攻撃『させられている』んだ」


「ならばどうする」


「やることは一つです。貴方に近づいて、この剣を走らせることだけだ」


 ファルシアは『その瞬間』を待つことにした。

 “虐殺剣聖”に、攻勢を維持することは至難の業。かと言って守勢を維持していてもジリ貧。


 数多の攻防を繰り広げた彼女の手のひらには、一つの勝算が握られていた。


「抜かしたな! ならやってみせろ!」


 “虐殺剣聖”は長剣を突き出した。その突きは今までのものとは段違いだった。

 弓矢の速度、戦斧の大威力、槍のリーチ。この突きには、それらが一つに凝縮されていた。


 ――それを、ファルシアは待っていた。


「ぐぅっ……ツッ!!」


 ファルシアは左手を突き出した。直後、長剣は彼女の左手のひらを貫通する。

 ファルシアは激痛に歯を食いしばりつつ、そのまま真っ直ぐ“虐殺剣聖”の元へ走る。


「自分の左手を『盾』にしただと!」


「簡単な話です。攻撃するだけじゃ勝てない。防御するだけでも勝てない。なら――攻撃と防御を『同時』に行えば良い」

 

 長剣を動かされないように、刀身をがっしりと掴むファルシア。左手は血まみれだ。

 実力者同士の戦いにおいて、一瞬の隙が勝敗に繋がる。

 今、ファルシアは己の左手を犠牲にし、その隙を作り上げた。

 チャンスはたった一度。だが、一度だけあれば良い。


「ぃぃや!!」


 ファルシアの振るった剣が、“虐殺剣聖”に深々と食い込む。


「ぐ、おおぉ……!!」


 何度も何度も、ファルシアは剣を振るう。

 ここを逃せば、もう攻撃の手段はない。あとは自分が十分と思うまで、攻撃を叩き込む。


 長剣から力が抜けたのを感じたファルシアは、そこでようやく攻撃を中止した。


「はぁ……! はぁ……!」


「……見事」


 両者の手から剣が落ちた。

 その間にファルシアは左手から長剣を引き抜いた。


 互いに血だらけだった。

 “虐殺剣聖”の出血は酷いものの、まだ息があった。

 『フェイズ・トランス』状態でなければ、既に死んでいるだろう。


「私の……勝ちです」


「お前の……勝ちだ」


 “虐殺剣聖”は弱々しく拍手を送った。

 これは彼なりの最大限の敬意。

 世界は広い――そう感じながら、“虐殺剣聖”はとうとう膝をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 虐殺剣聖も満足そうだな… 多分これでも母親に届かないんだろうけど、本当に人間か怪しいなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ