表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/83

第67話 ありがとう

「『フェイズ・トランス』……! これは、イグドラシルさんと同じ……!?」


「やはりお前もこの存在を知っていたか。ならばすぐに死ぬなよ!」


 “虐殺剣聖”の姿が消えた。直後、無限とも思える斬撃が襲いかかってきた。


「速い……!!」


 ファルシアの全身に斬撃が走る。致命傷を避けるので精一杯だった。

 今までよりも重さと速さが段違い。一瞬でも力抜ければ、防御ごと切り裂かれる未来が見えた。


「ファルシア! お前はまだこのステージへ上がっていないのか!」


「くぅ!」


 辛うじて“虐殺剣聖”の身体へ刃を走らせても、重傷になり得ない。

 防戦一方になってしまったファルシア。いくら反撃しても、有効打にならないもどかしさ。


 “虐殺剣聖”は剣を振るいながら語り始める。ファルシアは決してミスできない防御をしながら、それを聞く。


「『フェイズ・トランス』は、心の奥義。誰もが到達できて、最も到達が難しい領域だ」


「そう、です……。だからイグドラシルさんは到達できた」


「お前のことを聞いている。お前は『まだ』か!」


「――!」


 ファルシアはもう防御行動に限界を感じていた。

 現に彼女は、『フェイズ・トランス』状態のイグドラシルに完敗した。


 しかし、それで諦めるファルシアではない。

 敵はイグドラシル・クレイヴァースじゃない。もしもこの死闘の相手が彼女ならば、もっと速く意識を飛ばしている。


 やれるやれるやれる。

 ファルシアはまだ、希望を手放していない。


 防御を愚直に繰り返し、来たるべき好機を――。



「嫌だ」



 ファルシアは前に踏み込んでいた。

 一瞬でも安全策に逃げていた自分を殴り飛ばしそうになった。自分はあのクラリスの近衛騎士だ。

 こんな危機、幾度もぶつかるだろう。それに対し、ファルシアは無意識に逃げを選択していた。

 

 ただ守っていて得られる経験は皆無。前進して、失敗して得られる経験こそが何よりも尊い。


 これで死ぬことになったら、それは仕方ない。だが、こうして前に進むことでのみ得られる経験というものがある。

 ましてや相手は未知の力、『フェイズ・トランス』を行使する。

 これほどの相手と戦えることなど、あと何回あるだろう。


 ファルシアは絶対的な死の予感よりも、“虐殺剣聖”の一挙手一投足に興味津々だった。


 明らかな格上。

 そんな相手と全力で戦えていることに、ファルシアは喜んでいた。


「そうだ、良いぞ。お前は臆さなかった。それだけで良い!」


 “虐殺剣聖”はそんなファルシアの行動に、喜びを見せていた。


「ファルシア! 俺に殺されるなよ! 全てを出し切れ!」


「“虐殺剣聖”さんの攻撃が更に激しく……!」


 いくら魔力による肉体活性化を行っても、限界は来る。『フェイズ・トランス』状態から繰り出される攻撃は、もはや物理攻撃といって良いか怪しい。

 ファルシアの握力が低下していく。もはや剣を握れているか自信はなかった。


(夢の中にいるようです……。生きているのか死んでいるのか、分からなくなる。でも、ほんの少しでも剣の感触があるなら、私は生きているんだ)


 永遠とも思える斬撃を捌いている内に、ファルシアの思考が澄んでいく。


(振りたい。まだ剣を振っていたい。ずっと、振っていたい)


 集中しすぎているのか、剣が遅く見えた。そのため、ファルシアは無意識で剣を弾けるようになり、その分思考することに時間を費やせた。

 対する“虐殺剣聖”は顔には出さなかったが、驚きの感情が滲み出ていた。


「俺の攻撃に対する反応速度が上がったか」


 フェイントを織り交ぜて攻撃しているにも関わらず、その全てを見切り、打ち落としてくるファルシア。

 明らかに成長している――そう、“虐殺剣聖”は断定した。

 発する闘気の質も向上している。一度剣を交わすたびに、彼女の動きが変わっていた。


 “虐殺剣聖”の独り言も耳に入らないほど、ファルシアは深く集中している。


(あぁ、私は幸せだ。これだけ本気になれる相手がいて、そして守りたいと思える人がいて)


 ファルシアは一つの感情にたどり着いた。

 ――心からの感謝。

 喜びでも、怒りでも、哀しみでも、楽しさでもない。


 剣に出会えたこと、強くなりたいと思えること。


 ファルシアの内の内。魂とも呼ばれる部分に小さな火が灯った。

 彼女が感謝を深めるたび、その火は大きくなっていく。


 “虐殺剣聖”はその『変化』に気づいた。


「澄み切った闘気が全身に渡り、やがて洗練化されていく。ははは! そうか! 案外と早かった! お前もか!」


 ファルシアの中からこみ上げてくる言葉がある。

 魂に灯った火は最大限大きくなった。


 あとは、その火と言葉を、口から吐き出すだけ。



「ありがとう」



 ファルシアの内側から、力が放出された!


「ファルシアの姿が……!?」


 やや逆立った赤髪、そして蒼いオーラが迸っていた。

 この姿はそう、イグドラシルと酷似している――!


 “虐殺剣聖”は歓喜の感情を口にする。


「待っていたぞ、ファルシアァァァ!」


「お待たせしました。これで、貴方とちゃんと戦える」


 気持ちが高ぶっているのか、ファルシアの口調が少し強くなっていた。



「『フェイズ・トランス』――私は、誰にも負けない」



 ファルシアはついに到達した。

 戦士としての最奥、極致、果ての果て。境界を超えた戦士のみ、自然と行使することが出来る秘奥義。


 それこそが、『フェイズ・トランス』。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 進化が早過ぎる、やはり化け物だな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ