第66話 お前を俺の最大の敵と認めるぞ!
“虐殺剣聖”とファルシアの打ち合いは、神速の領域に達した。
ファルシアが剣を振り上げると、“虐殺剣聖”はそれに対応。“虐殺剣聖”が長剣を高速で振り回すと、彼女はそれを全て防ぎきってみせた。
一手のミスがそのまま死を呼び寄せる。まさに綱渡りの攻防だった。
“虐殺剣聖”が前に出た。ファルシアはそれに対応して、後退を選択。
「っ!」
ファルシアは背中に痛みを感じた。すぐに斬られたのだと分かった。
“虐殺剣聖”の時間魔法により、斬撃が『残っていた』のだ。
体勢を崩したファルシア。それを見逃す“虐殺剣聖”ではない。
「崩れたな!」
「ま……だ!」
ファルシアは体勢が崩れた方向へ体重をかける。その勢いを活かし、空中を回転した。
音速の横薙ぎが、彼女の足元を通過した。
もう少し遅ければ、足をバッサリ斬られていただろう。
「ぃぃや!」
ファルシアの剣が、“虐殺剣聖”の腕目掛け、閃く。空中での回避行動、そのまま宙で回転、そして反撃してみせた。
神業といって過言ではない。しかし、その刃が“虐殺剣聖”へ届くことはなかった。
彼は見事、長剣で遮ったのだ。
「どんな体勢からでも剣を振ってみせるか、ファルシアよ!」
ファルシアの身体から血が吹き出した。
“虐殺剣聖”の長剣が、彼女の上半身を捉えたのだ。
「ファルシアぁぁ!」
ファルシアの身体が地面に落ちるのと同時、クラリスは叫んでいた。
駆け寄ろうとするクラリス。しかし、ファルシアは手でそれを制した。
「げ、元気……です。クラリスさん、危ない……ですよ」
「あんたが今、一番危ないじゃない! 血が……!」
「あはは……。今、魔力で自然治癒力を強化してるから、死にはしません、よ」
ファルシアの言葉に嘘はない。
致命傷ではない。魔力を用いた肉体の活性化は、自然治癒力向上も含まれている。
時間はかかるが、回復する。
――時間を取ることができれば、だが。
「死にはしない、か。深く斬り込んだ手応えがあったのだがな」
“虐殺剣聖”はゆったりとした動作で、長剣を構え直した。
まだまだ余裕といった様相だ。
「見た目以上に頑丈だな。凡百の剣士は、今の一閃で死んでいたことだろう」
「……たまたま、です。げほっ。これくらいなら、お母さんから良く受けていたので……」
彼女の言葉に、“虐殺剣聖”の眉が動いた。
「母親? お前の母親は何という名だ?」
「お母さんの名前? それは――」
「いや、やはり良い」
“虐殺剣聖”は首を横に振った。そして、彼はファルシアへ頭を下げた。
「へぇっ!?」
「すまない。果たし合い中に、一瞬でも意識が逸れてしまったな」
そう言うと、“虐殺剣聖”は剣を地面に突き刺し、どかりと地面に座り込んだ。
「えと……?」
「回復中だろう? さっさと治せ。万全の状態で戦うぞ」
「“虐殺剣聖”さんって……、真面目な人ですね」
「俺にかけたとは思えない言葉だな。逆に問う。お前なら俺と同じ立場の時、どうした?」
「回復を待ちます」
ファルシアは即答した。
その問答を目の当たりにしたクラリス達は、目の前の二人が異次元の存在に見えて仕方がなかった。
「ユウリ、あんたならどうした?」
「即刻殺します」
「マルーシャは?」
「わ、私もその、倒そうとしますかねぇ。あはは……」
クラリスは安堵した。もしかして、自分だけがおかしいのかと錯覚するくらいに、ファルシアと“虐殺剣聖”の思考は一致していたのだから。
「ファルシア……」
クラリスの喉元から言葉が湧き上がる。だが、彼女はそれを押し留めている。
もはやこの戦いは、二人だけのものだ。そこに口出しをする何者でもない。
彼女は両手を組み、祈る。
――大事な近衛騎士が死なないように。
王女の願いは届くのか――?
「ファルシアよ。俺とお前は、やはり同類のようだ。強さを求めて流離う修羅だ」
「いいえ、違いますね」
ようやく傷が塞がったファルシア。彼女は、“虐殺剣聖”の言葉を真っ向から否定する。
「私はクラリスさんがいるから、前よりももっと強くなりたいと思えるんです」
「それは何故だ? か弱き王女への哀れみか?」
「驚きと、感謝です」
ファルシアは続けた。
「会って間もない私に、何も出来ずに終わろうとした私に、クラリスさんは手を差し伸べてくれました。私を必要としてくれました」
「ファルシア、あんた……」
「最近、ようやくクラリスさんの凄さを分かり始めてきました。同時に、驚きました。星の数ほどいる人の中から、クラリスさんは私を選んでくれたんです」
ファルシアが力強く立ち上がる。それに合わせるように、“虐殺剣聖”も立ち上がる。
「だから私は期待に応えたい。大切で、大事な人を守れるなら、私はどんな茨でも斬り払います」
「それが俺でもか?」
「貴方も茨の一本です」
「は、はは。はははははは!!!」
“虐殺剣聖”は笑った。天まで届くような声量で笑いに笑った。
「謝罪しよう! 俺は心の何処かでファルシア、お前をまだ侮っていたのかもしれない!」
彼は地面に突き刺したままの長剣を握る。空いた左手で顔を覆う。
「ここからは俺の全てを見せよう! ファルシア! お前を俺の最大の敵と認めるぞ!」
「この全てを凍らせるような圧倒的な闘気……! これは覚えがあります。そう、これはイグドラシルさんと同じ闘気――!」
“虐殺剣聖”は己の限界を超える!
「『フェイズ・トランス』!!!」
直後、戦場一帯が揺れた。




