第64話 貴方を倒しに来ました
「な、なんで!? どうしたのファルシアちゃん!?」
マルーシャが慌てふためく。
ユウリとクラリスも、同じ気持ちだった。
突然の単独行動宣言に、何も思わないはずがなかった。
「それはですね」
ファルシアは足元の葉っぱを拾い、前方に放り投げた。
すると、葉っぱが微塵切りになってしまった。
ファルシア以外は息を呑んだ。
正体不明の出来事。しかし、ファルシアだけは、そのカラクリを肌で感じ取っていた。
「多分これは『斬撃』です」
「斬撃……? 詳しい説明を求めます、ファルシア・フリーヒティヒ」
「私もちゃんとした説明は難しいんですけど……」
ハイライトが消失している状態のファルシアは、淀みなく喋る。内気で気弱な態度は見られない。
「どういう方法かは分かりませんが、斬撃が『置かれています』。不用意に飛び込むと、斬られてしまいますね」
「『斬撃の結界』とでも言うのですか?」
「ユウリさんの表現で間違いないと思います。だから、この先へ進むには、襲いかかってくる斬撃を全て捌き切らなければならない」
「そんなこと出来るわけないでしょ!? 視えない斬撃を全て捌く? 何の冗談よ!」
クラリスが、ユウリとマルーシャの声を代弁する。
「あ、『全て』とは言いましたが、致命傷以外は当たっても大丈夫ですよ。死ななければいいので、完璧に防御しなくても良いです」
「そういう問題じゃないよファルシアちゃん!」
ファルシアは軽く準備運動をしていた。もう今すぐにでも、向かっていきそうだった。
クラリスはそんな彼女の方を掴む。
「クラリスさん?」
「行ってきなさい。ただし、絶対にしくじって死ぬんじゃないわよ。もし死んだら、何としても生き返らせるからね。そして斬首よ」
「あはは……か、変わってない」
いつもならば、クラリスはそこで下がっていた。
しかし、今日の彼女は違う。
「え」
なんと、クラリスはファルシアの身体に腕を回した。
驚きで、彼女の瞳にハイライトが戻っていた。
「……本当に、死なないでね」
「はい、もちろんです!」
小声で生還の約束をした後、今度こそクラリスは離れた。
クラリスの温もりが残っている。その温もりを心に刻みつけ、ファルシアはゆっくり歩き出す。
――『斬撃』が襲いかかる。
ファルシアはまず頭へ剣を動かす。直後、確かな手応え。
続いて、心臓。直後、確かな手応え。
それから彼女は、剣を動かし続けながら、前進する。
この斬撃の結界は攻略不可能なものではない。
そう、ファルシアは心のなかで断言する。
これは人間が作り出したものだ。斬撃が襲いかかってくる瞬間、攻撃の気配が発生する。
ファルシアは、その気配を読み取り、防御行動を行っていたのだ。
もちろん、一瞬でも遅れたら、たちまち切り刻まれてしまうだろう。
(でも、これはどうやって作り出したんだろう)
小屋まであと少し。
その間、ファルシアは考え事をしていた。
(魔法かな? うーん……)
クラリスやユウリ、マルーシャなら必ずその方法にたどり着けるのだろう。
ファルシアは自分の至らなさに恥ずかしさを覚える。
自分は剣を振ることだけが取り柄だ。それ以外は、皆に助けてもらわなければならない。
「あ」
風が突然止むように、斬撃の気配が消えた。
小屋は目の前。斬撃の結界を越えたことを確信した。
ファルシアはどうやって入ろうかを考える。
いきなり襲いかかってくるのか、それともまた違う展開になるのか――。
「お邪魔します」
考えに考え抜いた結果、ファルシアは何も考えることなく、扉を開いていた。
物事はなるようにしかならないという結論にたどり着いた。
奥には、男が一人座っていた。
外見は銀髪、赤い目、紺色で縁取りされたロングコート。
確認しなくても分かる。
闘気と殺気が滲み出ている。気を抜けば、呼吸が止まってしまいそうな重厚感。
ファルシアはその感覚に、少し楽しさを見出していた。これほどまでの気を受けたことがなかったためである。
「“虐殺剣聖”さん、ですね?」
「いかにも。カイム・フロンベルクだ」
“虐殺剣聖”はゆらりと立ち上がる。
そして、コップでも取るような気楽さで、鞘に収められていた剣を掴んだ。
「俺の斬撃を超えてきたのが、少女か。駆けてきたか?」
「いいえ、防御しながら真っ直ぐ歩きました。もしかして駆け抜けるのが正解でしたか?」
「ははは! 危機を感じたら走る。これが普通の人間だ。なんなら、『あの男』も駆け抜けて来たぞ」
「あの男……?」
「少女よ、俺の斬撃は危機ではなかったか?」
「……あれが、一切気持ちの乗っていない斬撃だったら、難しかったです。でも、貴方の一振り一振りに、感情が乗っていました。だから私は、それを読み取るだけで良かったんです」
この会話を理解できる者は、そういない。騎士団長ネヴィアとイグドラシルくらいであろう。
“虐殺剣聖”は満足そうに頷いた。
「俺の前にやってきたのがお前で良かった。それで、お前は何のためにやってきた?」
「その前に確認です。貴方はクラリスさんを殺したいんですか?」
「? あぁ、そうだったな。それがどうした?」
「そうですか、やっぱり……。なら――」
ファルシアは剣を構えた。
確認は終わった。ならば後は、近衛騎士としての務めを全うするのみ。
「貴方を倒しに来ました」
小さな少女騎士は強大な壁へ、高らかに宣言する。




