第63話 ここからは私一人で行きます
“虐殺剣聖”ははっきりと認識した。
今まさに、己の思考が過不足なく、『誰か』に届いたのだ。
「……俺の飛ばした気配を掴む奴がいた」
これは“虐殺剣聖”による『選別』。
気づかない者たちならば、完全に興味を失っていた。
アーデンケイル教団のクルスからの『頼まれごと』も反故にしていただろう。
しかし、“虐殺剣聖”は、もうその選択をするつもりはない。
むしろ、自分の気配を掴んだ者に対して、興味を抱いてしまった。
何故なら――。
「そればかりか、俺に『返してくる』、か。」
自分が放った闘気や殺気をそのままぶつけ返して来たのだ。
気の文通、と表現する他無い。
そのやり取りを経て抱いた、“虐殺剣聖”の感想はただ一つ。
「素晴らしい。数多の死闘を生き残ってきた俺が、手放しで称賛するほどに」
重苦しく、それでいて濃厚な殺気と闘気。比率で言えば、闘気の割合が高い。
故に、“虐殺剣聖”はそれを評価する。
単なる快楽殺人鬼ではない。これは、純粋に闘いを求める者の気配だった。
分類分けをするのなら、恐らく――同類。
「噂の近衛騎士とやらか?」
“虐殺剣聖”は近衛騎士の名前を知らない。
だからこそ、想像の翼を広げる。この後、対峙することになる相手のことを。
「一体何者だ? 近衛騎士に抜擢されるほどの腕前を持つ騎士――」
彼には二人、心当たりがあった。
サインズ王国内における『剣士』の代名詞。
一人は、騎士団長ネヴィア。しかし、すぐに彼の中で、その心当たりは消えた。騎士団長から持ち場変えをすることなど、そう考えられないからだ。
となると、残りは一人。
「……“剣鬼”イグドラシルか」
“剣鬼”イグドラシル・クレイヴァース。
サインズ王国内どころか、近隣諸国全ての剣士の中から数えても、最上位に君臨する豪傑。
“虐殺剣聖”も一度は手合わせしたいと考える剣士の一人である。
「ふ、もしや俺にも運が回って来たか」
彼は長剣を抜き、手入れを始める。
一流同士の闘いは、僅かな『抜かり』で勝敗を決する。
勝つにしろ、負けるにしろ、最善を尽くしたい――そう、“虐殺剣聖”は思えてしまったのだ。
「早く来い。俺は歓迎する」
“虐殺剣聖”は未知なる来訪者を、心から歓迎するだろう。
◆ ◆ ◆
ファルシア達は“虐殺剣聖”がいるとされる、山の麓を目指していた。
「遠い……ですね」
「本当にね」
「『本当にね』ではありませんよ」
ユウリが呆れていた。
何せ、絶対に守らなければならない対象が、ここまで付いてきてしまったからだ。
マルーシャも思うところは同じのようで、ユウリの言葉に続いてみせた。
「そうですよクラリス王女。ユウリちゃんの言うとおりです。なんで来ちゃったんですか~……?」
「私がどこに行こうが、私の勝手よ」
本来の案でいけば、クラリスはカネル村で留守番をしているはずだった。
それなのに、彼女は突如、考えを変えてしまった。
ファルシア以外は困惑していた。
護衛対象がいるのと、いないのとでは全然動き方が変わってくるからだ。
クラリス本人もそれは分かっていた。
しかし、こうやって無理を通してでも同行したい想いがあった。
「私のいる場所がファルシアの居場所よ。だったら、主の私が向かわなきゃならないわよね」
「言葉遊びを……」
「ファルシアちゃんが心配なら、そう言えば良いのに」
マルーシャの何気ない致命傷に、クラリスは逆ギレした。
「――! な、何にも分かってないわね! 近衛騎士は主を守ろうとする気持ちで、最大限のパフォーマンスを発揮するのよ! これはそう、ファルシアのためなのよ!」
「そ、そうだったんですかっ。ありがとうございます、クラリスさん!」
疑うことを知らないファルシアは、何度も頭を下げる。
ユウリとマルーシャの視線は生暖かい。
話をしていると、やがて例の山の麓にたどり着いた。
そこには、小さな小屋が建てられていた。木組みの簡素な小屋である。
「あそこですね」
ユウリがすぐに抜剣した。それに合わせて、マルーシャも剣を抜く。
クラリスを最後方に据え、後の三人は前を歩いた。
小屋までの距離をジリジリと縮めていく。
そして、とうとう二、三百メートル付近の距離まで近づいた。
「一気に行きましょう。ファルシア・フリーヒティヒ。ヴェンセノンさん。私に続いてください」
「――待ってください」
その声に、ユウリは思わずビクリとした。
声を出したファルシアの瞳から、ハイライトが消失していた。
「ファルシア・フリーヒティヒ……どうしたのですか?」
「おかしいです。何で、こんなに嫌な気配がするんだろう」
彼女の様子の変化に、思わず他の三人は息を呑む。
マルーシャが自分の予想を口にした。
「た、多分何か魔法の結界を張っているとか?」
「……多分、違います。あれだけの殺気と闘気を出せる人が、そんなことをするとは思えない」
ファルシアはそこで初めて剣を抜き、前へ突き出した。
すると、剣が何度も何度も、ブレたのだ。まるで見えない何かに叩かれているように。
彼女は目を閉じ、ただただ刀身から伝わる感触に思考を巡らせる。
「――そっか、分かりました」
剣の感触を確かめた後、彼女は皆の方を振り返り、こう言った。
「ここからは私一人で行きます」
ファルシアは笑顔を浮かべ、皆にそう言った。




