第62話 『ここにいる』、か
ファルシア達はとうとうカネル村へたどり着いた。
カネル村は“虐殺剣聖”からの手紙通り、本当にのどかな村だった。
日々を懸命に生きる、生命の輝きがそこにはあった。
……平和だった。“虐殺剣聖”に狙われている雰囲気は微塵もなかった。
クラリスは近くにいた村人を捕まえ、尋ねてみることにした。
「最近、変わったことはない?」
「変わったこと……? さぁ、特には。というかあんた、どっかで見たような……?」
ファルシアはそのありがたき名を呼ぼうとした。
しかし、そんなファルシアの動きに勘づいたユウリは、すぐにそれを封じた。
クラリス・ラン・サインズの名は安売りするものではない。
ましてや、今はどこに“虐殺剣聖”が潜んでいるか分からない。
リスクは最低まで抑えて当然なのだ。
村人が去っていった後、ユウリは声にドスを効かせた。
「ファルシア・フリーヒティヒ……。貴方、本当に近衛騎士を務め続ける気はあるのですか? 今やろうとしていたことは、近衛騎士として下の下ですよ」
「すっすいません……! クラリスさんのことを色んな人に知ってもらいたくて、つい……!」
「忘れてはなりません。私たちは今、“虐殺剣聖”の監視下にいるかもしれないということを」
そうしている内に、新たな村人を発見した。
「今度は私が行くよ」と、マルーシャが村人へ駆け寄る。この中で一番コミュニケーション能力が高いのはマルーシャ。
まさしく適任と言えるだろう。
「こんにちは! いきなり驚かせちゃってごめんなさい。私たちはサインズ王国騎士団の者です」
村人は何が何やらよく分からないまま、相槌を打つ。
「ちょっと聞きたいんですけど、この辺に新しく引っ越してきた方はいますか?」
「あぁ、それなら近くの山に引っ越してきた奴ならいるな。ここから三十分ほど歩いたとこさ」
「変わったことあるじゃない……」
側で話を聞いていたクラリスが頬を膨らませる。
「ま、まあまあ……。クラリスさんの聞き方がたまたま悪かっただけですよ……」
「何? あんた、私が悪いって言うの?」
「こっ今回はそう……です」
「はぁ……ファルシアに言われるなんて、私もまだまだね」
ファルシアの言うことを素直に聞き入れ、己を振り返るクラリス。
彼女の美徳は、人の話をちゃんと聞き入れることにある。
自分に非があるなら改善し、ないなら戦う。中々出来ることではないが、クラリスは平然とそれをやってのけるのだ。
マルーシャは会話を続ける中で、少し“虐殺剣聖”について尋ねてみることにした。
「ちなみになんですけど、その新しく引っ越してきた人を見たことありますか?」
「あるある。というか、昨日も来てたな」
クラリス達に戦慄が走る。
危険人物――もはや『災害』と言っても過言ではない人間が既に村へ来ていた事実。
同時に、ユウリは一つ違和感を感じた。
「昨日『も』ですか? その方は頻繁に来るのですか?」
「あぁ、そうだな。山の動物を狩っては村に持ってきて、その代わりに、少しの食糧を受け取って帰るんだ。俺達としちゃもっと持っていってもらいたいんだけどな。『食べ切れないで捨てるのは勿体ない。最小限で良い』って頑なに受け取らないんだよ。礼儀正しく、筋の通った奴だよ」
話し終えた村人は用事を足しに去っていった。
その背中を見ながら、ファルシア達は今の話を振り返る。
「い、今の話本当なんでしょうか……?」
「珍しくファルシアも引っかかることが出来たのね。偉いわ」
「えへへ……」
「ファルシアちゃん、それでいいの? 馬鹿にされてない? 大丈夫」
ユウリは形のいい顎に指を添え、考え始める。
「整理するとつまり、“虐殺剣聖”はこのカネル村へ何度も来ていて、村人達と良好な関係を築けていると……?」
「目が合ったら、すぐに斬り殺すような人だと思ってたんだけどね」
今まで聞いていた話と全く異なる内容に、四人は混乱する。
マルーシャは笑いながら、こう言った。
「案外、話せば良い人だったり?」
「多分、そんなことはない……です」
ファルシアは苦笑を浮かべながら、彼女の言葉をやんわりと否定した。
ファルシアには絶対的な根拠があったのだ。
「……今まさに、“虐殺剣聖”さんはあの山の麓にいると思います」
「? ファルシア、それはどういう意味? どうして分かるの?」
クラリスは一瞬、比喩表現かどうかを疑った。しかし、この近衛騎士はそのような言い回しをしない。
ファルシア・フリーヒティヒの言葉は、いつもストレートなのだ。
「……あそこから、闘気と殺気を感じます」
いつの間にか、ファルシアの瞳から、ハイライトが消失していた。
「すごく強烈で、メッセージ性を感じます。……すごいです。どうやったら、こんなにハッキリとここまで届くんだろう。――『ここにいる』、か」
ユウリとマルーシャは顔を見合わせる。そして、それぞれが首を横に振った。
――そのようなものはまるで感じない。
これが二人の共通の考えだった。
「早く行きましょう。“虐殺剣聖”さんは、もう私達がこの村にいるのを知っていると思います」
ファルシアの言葉には、一切の迷いがなかった。




