第61話 はい、もちろん
会議が終わって一時間後、ファルシアとクラリスは城門前までやってきた。
カネル村までの馬車が既に用意されているとのことだった。ネヴィアの手回しの良さには、感動すら覚える。
城門には馬車が待機しており、近くにはユウリとマルーシャが立っていた。
「おーいファルシアちゃん!」
「遅いですよファルシア・フリーヒティヒ」
「皆さん、早いですね……」
聞けば、ユウリとマルーシャはどちらも会議が終わった直後、すぐに呼び出されたとのこと。
ユウリは二つ返事で了承。マルーシャは一瞬躊躇いながらも、勇気を振り絞って了承。
一時間で旅の支度をし、今に至る。
それを聞いたファルシアは両手を挙げて喜んだ。
「く、クラリスさん。頼もしい、ですね!」
「はぁ? 何言ってんのよ。あんた『が』戦うのよ? この二人はもしも道中何かあった時の露払い。忘れちゃ困るわ」
「も、もちろん忘れてませんっ。ただ、クラリスさんのためにすぐ来てくれるのは、嬉しいなって」
「……まぁ、死ぬかもしれない任務にすぐ来てくれるのは、その……ありがたいわね」
今回の相手は“虐殺剣聖”。魔物や人を区別せず、平等に皆殺す殺人鬼だ。
一瞬の判断ミスが即、死を招くと言っても過言ではない。
任務の難易度は恐らく最高クラス。
それを分かっていたからこそ、クラリスは顔を背け、ぽそぽそと感謝の言葉を口にする。そこにはいつものツンツン具合は微塵も感じられなかった。
「……驚きました。クラリス王女が感謝の言葉を口にするとは」
「クラリス王女は素直になると可愛いのにね」
「――! ば、ばっかじゃないの!? 不敬! 斬首よ斬首!」
「く、クラリスさん。頭数が減るのでそれは駄目、です!」
「ファルシアちゃん、そのツッコミで正解なのかな?」
ファルシアは気づかない内に、クラリスに毒されていた。
素直で純朴だった彼女は、いつのまにかクラリスの過激さに順応し始めていた。これが良いことなのか、悪いことなのかは、誰にも分からない。
「え、えと……どうでしたかクラリスさん?」
「採点無し。はぁ……緊張感が完全に抜けない内に、さっさと行くわよ」
四人が馬車に乗り込むと、すぐに出発した。
馬車に揺られる四人。栄光への旅路、それとも死刑執行への旅路か。はっきり分かっているのは、カネル村に到着したら、確実に事態が動くことだけ。
移動の最中、ユウリは懐から紙を一枚取り出した。それには簡素な地図が描かれていた。
これは『高度なやり取り』の末に手に入れたものだ。
「イグドラシル隊長を通じて、第二部隊からカネル村と“虐殺剣聖”が潜伏しているであろう場所が記載された地図をもらってきました」
まずは“虐殺剣聖”の潜伏場所の確認。“虐殺剣聖”がいるとされる場所は、カネル村付近の山の麓。
カネル村と“虐殺剣聖”との距離は、歩いて三十分かかるかどうか。
カネル村の壊滅のビジョンが、鮮明に浮かんでしまった。これほどの近距離ならば、“虐殺剣聖”は躊躇なく実行しただろう。
クラリスは自然と拳を握りしめていた。
力持つ者の振る舞いとは思えなかった。自分の手で全てを手に入れることができる。そのように確信しているから、このような身勝手が出来るのだ。
ユウリは一度、咳払いをした。
この重苦しい空気を変えたいという思いがあった。
「クラリス王女、“虐殺剣聖”について整理しても?」
「許可するわ」
「ありがとうございます。まずは“虐殺剣聖”について、改めて振り返ります」
“虐殺剣聖”。名は、カイム・フロンベルク。
出身地不明。最初に姿を現したのは、サインズ王国近隣国の『カールハン王国』とされている。
その戦力は一国に匹敵するとされる。彼を討伐するため、文字通り総力戦で挑んだという逸話が存在する。
マルーシャは彼女の説明に補足を入れる。
「普通よりも長い剣で、色んな物を斬り捨てたらしいよ。それこそ魔法ですら斬ったとかなんとか」
「魔法を……!」
「ファルシア、あんた目ぇ輝いてるわよ」
「そ、そうなってましたか!? す、すいません……」
クラリスはジト目でファルシアを睨んだ。
ファルシアの気質は良く分かっていたので、今さら何かを咎めるということはしない。
どちらかというと、送りたい言葉はこれだ。
「あんた、これは命のやり取りだって、分かってるのよね?」
「はい、もちろん」
そう笑うファルシアを見て、クラリスは少しだけ怖くなった。
相手があの“虐殺剣聖”でも、全く動揺していない。
一体どれだけの経験を踏めば、このように穏やかな表情になれるのだろうか。
「ファルシアちゃん、もちろん私達も戦うからね」
「そうですよファルシア・フリーヒティヒ。貴方だけに良い格好はさせませんよ」
「み、皆がいるなら、心強いです……!」
ユウリとマルーシャは控えめに言って、“虐殺剣聖”を甘く見てしまっていた。
彼との戦いを経て、彼女たちは想像以上の経験をすることになる。
同時に、ファルシア・フリーヒティヒという人間が、ある意味狂っていることを知ることになる。
“虐殺剣聖”との戦いは、あと少し――。




