第58話 暗そうで、陰気臭い
今にもファルシアは泡を吹いて気絶しそうになっていた。
願わくば、今すぐにでも帰りたい。そんな考えはクラリスによって、真正面から粉砕される。
「あんた、すっごく帰りたそうにしてるけど、近衛騎士にも絡んでくるからね。と、う、ぜ、ん」
「ひゃ、ひゃい……」
涙目になるファルシア。そんな彼女を見て、リーザは舌打ちする。
「ちっ。グズグズした子ね……暗そうで、陰気臭い」
「ごっごめんなさい……!」
「おいおいおいおい、リーザ。何でファルちゃんに突っかかってんのかな?」
イグドラシルは再び立ち上がる。今にもリーザへ掴みかかりそうな様子だった。
「こんな子が近衛騎士になれていることに対して、疑問を抱いただけよ」
「あぁぁん? よし! ファルちゃん奴を斬れ! ゴーゴー!」
「イグドラシル、騎士団長の私がいるということを忘れてはいないか?」
ネヴィアの言葉に、ブリックが続く。
「イグドラシル、それにリーザも。王女殿下の前だ、控えろ」
「な、何で私まで……!」
「お前がファルシア殿へちょっかいをかけたのが、発端だ。公平に見て、そう判断した」
「ファルシア・フリーヒティヒ……!」
ファルシアはリーザと顔を合わせられなかった。見なくても、彼女に恨まれていることがはっきり分かってしまう。
一度会話が止まった後、ブリックは改めてネヴィアへ質問する。
「とは言うものの。ネヴィア騎士団長、ファルシア殿の実力は実際どのくらいのものでしょうか? 以前の合同訓練で二人の戦いは見ていますが、あれは実戦とはまた違います。今回の件へ参加させられるのかどうか、まだ不安ではあります」
そこでもまた、イグドラシルが割って入った。
ファルシアの力を認めているからこそ、イグドラシルは口を挟まずにはいられなかったのだ。
「ファルちゃんなら大丈夫大丈夫。何せ私、この前ファルちゃんと戦った時に、『フェイズ・トランス』使わせられたし」
クラリスとファルシア以外に衝撃が走る。
真っ先に口を開いたのは、ネヴィアだった。
「お前……! あれは奥の手だからそう簡単に解禁するなと!」
「わーってるよ! だから考えに考え抜いて解禁したんじゃん!」
「あの脳みそアルコール漬けが『フェイズ・トランス』を? この子に……? 何かの間違いでしょ……?」
「……疑問を挟む余地はなくなりました。イグドラシルがそれを使わせられたのなら、実力に関しては疑いようがないでしょう」
「そーだろそーだろー!」
イグドラシルは心の中で、舌を出す。
『フェイズ・トランス』を使える人間は限られている。その技を行使できるのは、一部のぶっ壊れた人間のみ。それほどの奥義なのである。
イグドラシル・クレイヴァースはそれを使える人間。そして、それは滅多なことでは使わない。
だからこそ、この『嘘』が効く。『使わせられた』と言っておけば、皆もう何も言えなくなるのは知っていたからだ。
「さっ、そゆことで話の続きしよ。クラリス王女があの“虐殺剣聖”にアプローチかけられたんだっけ?」
「ええ、そうみたいね。全く、“虐殺剣聖”も暇なのかしらね」
クラリスは全く遠慮のない口調になっていた。
ここにいる者たちは皆、クラリスの本性を知っている。だから彼女も遠慮はしていない。
「リーザ、君の意見を聞きたい。どうして、このタイミングでクラリス王女が狙われたと思う?」
ネヴィアはまず、リーザへ話を聞いてみることにした。
情報を司る第二部隊の隊長。彼女の頭脳には、ありとあらゆる情報がインプットされている。打てば響く鐘のように。
こういった場では、まずリーザの意見を聞きたかった。
「そうね……。これに関してはまず、『分からない』と答えさせてもらうわ」
「そうか。君がそう言うのなら、そうなのだろうな」
「ウチも、クラリス王女の言う通りの感想よ。『暇なのかな』って思っていたわ」
リーザは続ける。
「“虐殺剣聖”の趣味にしても、いきなりクラリス王女を狙う意図が分からない。様々な情報を統合してみると、狙われるのはクラリス王女じゃない。騎士団長か、そこのアルコール漬けよ」
「俺もその意見に同意だ。奴は剣の道を追求した修羅だ。ならば、己の腕を試すため、ネヴィア騎士団長かイグドラシルに剣を向けられるのが自然だろう」
ブルックは“虐殺剣聖”の行動の意図をずっと考えていた。
クラリス王女を狙うにしても、わざわざ手紙を出す理由が分からない。こんなことをすれば、警護の準備をされるのは目に見えているだろう。
ネヴィアは一度、状況を整理することにした。
「あぁ、そうだな。不自然過ぎる。今分かっているのは、“虐殺剣聖”がクラリス王女の命を狙っていること。その動機は不明ということ。……この二点か」
「だっ誰かに頼まれたっていうことは……?」
ファルシアが手を挙げ、恐る恐る意見を述べた。
すると、ネヴィアは首を傾げる。否定も肯定も出来なかったのだ。
「どうだろうな。そんなことをすれば、すぐに斬殺されるのが目に見える」
「そ、そういえばなんですが……」
「? どうした?」
「みっみんなでその人の所へ行って、捕まえるってのはどうなんでしょうか……?」
真っ先にその言葉を否定したのは、リーザだった。
「そんな事できないわよ……。対応しなければならないのは“虐殺剣聖”だけじゃない。大規模な行動をしてしまえば、それに乗じて、悪意を持った第三者が何かをやらかすかもしれないの……」
そこで、リーザは己の口元に手を当てた。
「でも、確かにそうだ……。“虐殺剣聖”という人間は嫌でも目立つ。もし、この情報を第三者が知っていたら、何かが出来る……?」
ファルシアの言葉を受け、リーザは様々なパターンを予測し始めた。




