第57話 命狙われるのは慣れてるから良いのよ
ある日の早朝。
クラリスはファルシアを呼び出していた。
ファルシアは内容も分からないまま、彼女の求めに応じる。
部屋に入るなり、クラリスは怒る。
「遅い。私が呼んだのなら、すぐに来なさいよ」
「ご、ごめんなさいクラリスさん!」
「私が何で呼んだか分かる?」
「ぜっ全然分かりません!」
「分かりなさいよ!」
「ごめんなさいっ!」
そこでファルシアは違和感に気づいた。
今日はいつもよりも怒りっぽい。普段のクラリスなら、軽く流されているところだった。
ファルシアとクラリスの関係は日々深くなっている。
だからだろうか。ファルシアには彼女のことが深く理解できるときと、全然分からない時がある。今回は後者だ。
「そ、それで今日はどういった……?」
「はい、これ」
クラリスが手紙を放り投げた。
地面へ落ちる前に、それを回収するファルシア。
「読んでも……?」
「良いわよ。大したこと書いてないし」
手紙を開き、中を読むファルシア。読み進めていくたび、彼女の表情が険しくなっていった。
やがて、叫ぶように、ファルシアはこの手紙への困惑を口にした。
「くっくくくクラリスさん!? これってその、あのっ!?」
「何よ、『殺害予告』くらいで騒ぎすぎよ」
「だっ、だって! いきなりで、こんな内容!」
「? そんなへんてこな内容だったかしら?」
手紙を奪い、クラリスは改めて手紙を音読した。
――私はカイム・フロンベルクという剣士です。突然ですが、近日中に王女殿下のお命を頂戴したく存じます。
あまりにもそっけないが、変な内容はない。むしろ、いつも読むような暴力的な言葉選びでないだけ、好感度が高い。
その辺りをファルシアへ説明しても、彼女は納得できていないようだった。
「た、たたた大変ですよ! 早くクラリスさんを守るための作戦会議をしなくちゃ……!」
「落ち着きなさい」
「いたっ」
クラリスは手刀で、軽くファルシアの頭を叩いた。
「もちろん、ネヴィアも知っているわよ。だから、これから緊急の会議を開くことになったの。あんたも来なさい」
「そ、それはもちろん、です! と、ところで……」
「何よ?」
「きょ、今日はどうしてそんなに不機嫌なんです、か? 命を狙われているから……?」
「はぁ……あんたには隠せないか」
そこでクラリスは今日の不機嫌の理由を話した。
「命狙われるのは慣れてるから良いのよ」
「そ、それは良いんですか?」
「私が不機嫌、というか面倒に思っているのが、その命を狙っている奴のことよ」
クラリスは改めて、ファルシアへ手紙を突き出し、『カイム・フロンベルク』の名をなぞった。
全く知らない人だったので、ファルシアは首を傾げるしか出来なかった。
「えと、その人が面倒なんですか?」
「……ちょっと待って。あんたもしかして“虐殺剣聖”の事を知らないの?」
「か、かっこいい異名ですね」
「……そっか、分かった。それならこの後の会議で、この名がどれだけ厄介かを感じると良いわ」
そろそろ時間とのことだったので、クラリスとファルシアは第一会議室へ向かうことにした。
しばらく歩くと、『第一会議室』と書かれた扉の前へたどり着く。金縁の木製扉。高級感溢れる扉を開くと、そこにはネヴィアと、その他三人が座っていた。
「おー来た来たファルちゃん!」
「イグドラシル、その軽口を今さら止めろとは言わないが、せめて酒は飲むな」
テーブルは円卓。奥にネヴィアが座り、時計回りの順番でイグドラシル、そして男性一名と女性一名が座っていた。
ファルシアはそこで緊張する。ネヴィア、イグドラシルまでは分かる。しかし、その他二名の男女が全く分からない。初対面の方々である。
初対面といきなり親しくなる技術を、ファルシアは持ち合わせていない。
「ねぇヴィー。会議に入る前に、ファルちゃんが知らないこいつらの事、紹介していいよね?」
それを察したのか、イグドラシルはそうネヴィアへ提案した。すると、彼女は二つ返事で了承した。
「よしよし! じゃあ先に、こっちの暗そうな方から紹介するね!」
すると、その『暗そうな方』がイグドラシルを睨みつけた。
「誰が暗そうよ……。脳にアルコールしか詰まってない奴は語彙力が少ないって噂、本当なのね……」
「はぁ~い? ごっめ~ん。そっちの言葉、ジメジメしてて、私の耳に届かなかったみたい」
「はぁ?」
「あぁ?」
イグドラシルと『暗そうな方』が同時に立ち上がった。
ネヴィアはテーブルを一度殴り、それを鎮める。
「イグドラシル。早く紹介しろ」
「ちっ。でね、ファルちゃん。この陰キャちゃんは『リーザ・アーチペクト』。情報を司る第二部隊の隊長ね」
「たったたた隊長さん……!?」
ファルシアは動揺する。
それなりの立場だとは思っていたが、予想が当たってしまっていた。そうなれば、もう一人の方も自然と予想がついてしまった。
「んでんで、こっちの堅物そうな縁無し眼鏡は――」
「誰が縁無し眼鏡だ。紹介をすると言うから、黙っていたというのに。良いかイグドラシル? 情報の伝達は正確なものでなければならない。それを怠るのは軍人として下も下だ。いくら剣の腕が良いとは言え――」
「こっちは『ブリック・サフェッティ』! 治安維持を司る第三部隊の隊長ね!! はい! 終わり!」
イグドラシルは強引に打ち切り、強引に終わらせた。
こうでもしなければ、永遠にこのお説教が続くのだ。
「や……やっぱり隊長さんだった……!」
騎士団、各部隊の隊長、そして王女。
今、この場で最も場違いな者は誰か。
ファルシアは緊張で失神しそうになっていた。




