第54話 随分と察しが良いじゃない
ファルシアは最近、妙な違和感を覚えていた。
それは決まって、クラリスと一緒に城内を歩いているときだった。
「ファルシア・フリーヒティヒ。また戦いますよ。一時間後、訓練場に来てください」
「わ、分かりました! よろしくお願いします!」
通りがかったユウリから、訓練を持ちかけられた。
ファルシアはもちろん二つ返事で了承した。すると、ユウリはどこか満足気に頷き、消えていく。
その間、クラリスは不機嫌だった。
ユウリと別れた後、少し歩けば、今度は第三部隊のマルーシャ・ヴェンセノンと出くわした。
「あ! ファルシアちゃん! 今いい?」
「あ、はい」
「あのさ、ファルシアちゃんって今度、いつオフの日かな? 最近、王都の西区の方で新しいケーキ屋さんが出来たらしいから、一緒に行かない?」
「えと、オフの日は……」
「明日」
クラリスがまた不機嫌そうに言った。
すると、マルーシャは手を叩いて喜んだ。
「じゃ、じゃあ! 明日行かない!?」
「は、はい! 喜んで!」
「やたっ! じゃあ明日、城の前で待ち合わせしましょ! じゃあね!」
マルーシャは満足そうに、その場を後にした。
その間、クラリスは不機嫌だった。
そこでクラリスは急遽、城の外に出ると言い出した。
ファルシアは何回か止めたが、彼女は聞く耳を持たない。
主の望みを叶えるのが近衛騎士の宿命と思い、ファルシアは首を縦に振った。
城門までの道を歩いている途中、ファルシアたちは騎士団長ネヴィアと出くわした。
「クラリス王女、それにファルシア。これからどちらへ?」
「城の外へ視察よ、視察」
「あはは……視察です」
「そうか。ファルシア、君がいるなら、何も心配はいらないだろうな。そうだ、今度また私と手合わせをしてもらえないだろうか? 君と剣を交えていると、更に成長できそうな気がしてな」
「生憎、ファルシアと戦いたいなら、私のスケジュールと念入りに擦り合わせる必要があるわ」
ネヴィアはクラリスの返答を聞き、くすくすと笑った。
騎士団長はクラリスのことなら、大体知っている。そして、クラリスの人間性を正確に理解している。
そんな彼女は、すぐに敬愛する王女の『心情』を察することが出来た。
「おっと、私はそろそろ打ち合わせの時間なので、これにて失礼。クラリス王女、今度三人で食事にでも行きましょう。貴方の話を聞きたいので」
「ふ、ふん。好きにすればいいじゃない」
ネヴィアは微笑を浮かべ、その場を後にした。
その後、また歩いていると、曲がり角からイグドラシルが現れた。
「あ! ファルちゃ――」
「これ以上喋ると、本当に断酒命令出すわよ」
イグドラシルはすぐに両手で自らの口を塞いだ。
ファルシアはそんな彼女と目が合う。
イグドラシルはアイコンタクトでこう言った。
――また戦おうね。
ファルシアはそんな彼女へ、口パクでこう返した。
――もちろんです。
聡明なクラリスは、そんな二人の秘密のやり取りにすぐ気づいた。
「あんたたち、ほんと仲良いのね」
クラリスの声は低かった。
ファルシアとしては、こんな低音の声を聞いたことがあまりなかったので、狼狽えてしまった。
イグドラシルはすぐに、王女の不機嫌度を察し、その場を後にした。
「えと……クラリスさん、今日もしかして機嫌悪い……ですか?」
「今日は随分と察しが良いじゃない」
「えぇ……。な、何があったんですか?」
「そりゃもちろん――」
クラリスはそこで一旦止まった。
キョロキョロと辺りを見回す。そしてすぐにファルシアの手を掴み、どこかへ歩き出した。
「くっクラリスさん……どこへ!?」
「良いから! ついて来なさい」
クラリスは明らかに不機嫌だ。
ファルシアは、己の経験からそう確定する。
そうなれば、抵抗しても無意味。
流れる水を止めることが出来ないように、ファルシアはただ、成り行きに身を任せることにした。
辿り着いたのは、クラリスの部屋だった。
クラリスは椅子を用意し、ファルシアへ座るように促す。
これから何が起きるのか、ファルシアには皆目見当がつかなかった。
「あんた、最近私のこと軽んじてない?」
「わ、私がですか!? 無い無い! 無いです!」
「ユウリ、マルーシャ、ネヴィア、酔っぱらい。少し歩いただけで、こんなに声かけられることある?」
「あっあると、思います……」
「ないわ! 少なくとも私はない!」
「ひいっ!? そ、それって王女だからなのでは……?」
「あんたは私の近衛騎士だって自覚、ある?」
「もちろんです……! 私はクラリスさんを守るために、近衛騎士になりました!」
クラリスはじっとファルシアを見つめる。
その言葉に嘘偽りがないか、確かめるためだ。
「みんなと私、どっちが大切?」
「え、えと……それはどういう……?」
「即答出来ないの!?」
「クラリスさん! クラリスさんです!!」
「本当なんでしょうね?」
「はい! それはもう! クラリスさんが大切です!」
そこからのクラリスの行動は、完全にファルシアの理解の外だった。
何故かクラリスはファルシアの肩を触り、何度も頷いてみせる。まるで存在を確かめるように、自分から離れないかを確かめるように。
「……ん、散歩の続きに行くわよ」
「……えと? 今のは……?」
「うっさい! 早く来なきゃ斬首よ!」
「ごめんなさい……!」
クラリスはたまに訳が分からなくなる。
でも、ファルシアにとっては、大切な人。今日も一日、気合いを入れることにした。




