第51話 君はほんと楽しい子だ
「一応言い訳だけは聞きます」
サインズ王国の訓練場はいくつもある。屋外戦闘を想定した訓練場、屋内戦闘を想定した訓練場、魔力を封じられた訓練場。多種多様な訓練場があった。
ファルシアたちはそのうちの一つ、屋内戦闘を想定した訓練場へ来ていた。
イグドラシルは訓練場の中央で正座し、ユウリはそんな彼女を見下ろしていた。ファルシアとユウリは、色々と諦めた表情を浮かべている。
「えと……クラリスさん、これ聞かなきゃならないんですか?」
「当たり前でしょ。あんたとイグドラシルが引き起こした話なんだから」
二人はヒソヒソと話をしていた。
今のユウリはだいぶキレている。そんな中で茶々を入れてしまえば、どんな反撃をもらうか、想像に難くない。
イグドラシルは冷や汗を浮かべていた。
予定と全く違った。この後はファルシアと楽しい楽しい剣のぶつかり稽古のはずだったのに。
彼女は思考を巡らせる。
業務中、飲酒、仕事放棄。何か良い理由を言わないと、ユウリに怒られるのは目に見えていた。
「そ、その……あのね? 私は王都内の警備に行ってたんだよ?」
「第三部隊の仕事ですよね?」
「お、王都内の経済状況を調査してたんだよ?」
「第二部隊の仕事ですよね?」
「み、見逃してよユウリ! 私はこれからファルちゃんに剣の稽古をつけてあげるんだから!」
「剣の稽古……?」
ユウリの眼光がファルシアへ向いた。
ファルシアは思わず、クラリスの背中に隠れてしまった。しかし、クラリスよりも少し身長が高い彼女は、全然隠れきれていない。
「く、クラリスさん~……」
「あんた、何隠れてんのよ。主よりも後ろにいる近衛騎士がどこにいるの。ほら、前に出なさい」
「ひゃい……すいません……」
おずおずと前に出たファルシア。
ユウリの標的は、酔っぱらいのイグドラシルと、彼女が気にしているファルシアへ定まった。
「ファルシア・フリーヒティヒ。貴方、どうやってイグドラシル隊長とそこまで親しくなったのですか?」
「え、えと!? た、たまたまです! イグドラシルさんとは酒場で会っただけで!」
「酒場……。この前も酒場でしたよね。一体何故そんなに酒場へ行っているのですか?」
完全に取り調べである。
ファルシアは完全に混乱していた。一体、どうやってこの状況を切り抜けるか。彼女の思考が高速で回転する。
彼女は勢いのままで口走った。
「くっ、クラリスさんに誘われて!」
「!? まさか、クラリス王女が飲酒に興味を示していたとは……」
「は、はぁ!? ファルシア、あんた何適当なこと言ってんのよ!?」
「クラリス王女、このことは責任をもって騎士団長と国王陛下へ報告させていただきます」
「待て! 待ちなさいユウリ! イグドラシル、あんた一体いつまで黙ってんのよ――」
イグドラシルはなんと、正座しながら寝ていたのだ。
クラリスどころか、ユウリとファルシアもそれには驚いた。
「ユウリ」
「……はい」
クラリスとユウリの間に、言葉は不要だった。
ユウリはイグドラシルの両肩を掴み、ガクガクと揺らした。気分が悪くなることは百も承知。何なら吐いてしまってもいいとすら思っていた。
『思い』は通じ、イグドラシルは慌てて立ち上がる。
「うっぉおお!? ユウリ、今私だいぶやばかったよ? 吐きそうだったよ?」
「そうするようにしました」
「鬼! 悪魔!」
「私だってこんなことしたくありませんよ……。イグドラシル隊長にはもっとマトモになってもらいたいから、私は……」
そこでユウリは手で自分の口を塞いだ。
世の中には言わなくてもいいことがある。
彼女がイグドラシルへ辛辣にするのもちゃんと理由があってのこと。だが、それを口にするのは恥ずかしい。
「私は?」
「! い、イグドラシル隊長に関係ないことです! 部下にこういうことをされたくないんであれば、もっと第一部隊隊長として、威厳ある行動をしてください」
「もーユウリは肩肘張りすぎ~。老けるの早くなるよ?」
ヘラっと笑うイグドラシル。その笑顔に、いつもユウリは何も言えなくなるのだ。
いつも幸せそうで、いつも真っすぐで。そんな彼女を、ユウリは慕っているのだ。
「はぁ……。もういいです。何だか疲れました。ファルシア・フリーヒティヒと戦うんでしたっけ? 早めに終わらせてください」
ユウリはファルシアの元まで歩く。いつの間に用意したのか、彼女へ木剣を渡し、そのままイグドラシルの前まで連れて行く。
「えと、ユウリさん?」
「ファルシア・フリーヒティヒ。キッカケはどうあれ、イグドラシル隊長と戦うんです。何か一つでも得ないと許しませんよ」
「え、ええ……」
「ええ、じゃありません。…………私でさえ、イグドラシル隊長から剣を教わる機会が少ないというのに」
「? 何か言いましたか?」
「言ってません。早くやられてください」
「ひぃ……。ゆっユウリさんが怖い」
イグドラシルとファルシアが向かい合った。互いに木剣を握っている。
「ファルちゃん、用意は良いよね?」
「は、はい。大丈夫です」
「じゃ、行くよ~」
「はい――」
気の抜けたイグドラシルの声。
直後、彼女の姿は消えていた。
恐怖すら通り越した濃密な闘気――!
その瞬間、ファルシアの瞳からハイライトが消失した。
超集中状態の彼女の瞳は、『五本』の剣閃を捉えていた。
「――!?」
袈裟斬り、逆袈裟斬りは何とか弾いた。真一文字斬りと突きは、それぞれ刀身を逸らしてみせた。大上段からの振り下ろしは、剣を水平に構え、受け止めた。
たった一息で、五回も攻撃を仕掛けてみせたイグドラシル。そのどれもが実戦ならば、致命傷コース。
だが、ファルシアは捌いてみせた。だからだろうか――。
「良いねぇ。ファルちゃん、君はほんと楽しい子だ」
イグドラシルの薔薇色の瞳から、ハイライトが消失していた。




