第50話 実際に剣をぶつけてみよう!
イグドラシルが勢いよく立ち上がるッ!
「それはズバリ!」
「ず、ばり……!」
ファルシアを指差し、硬直するイグドラシル。
そのポーズのまま、彼女は口を開いては閉じる。視線があちこち向く。その言葉の続きが出てこない。
「あっあの……」
「それはズバリ!」
「は、はいっ!?」
イグドラシルは首を傾げ、何かを思い出そうとしている。
やがて、「ふっ」と小さく笑い、着席した。
そして新たなジョッキを掴み、一気に飲み干してみせる。その味を噛み締めた後、彼女は笑った。
「ごめん、何にも考えてなかったや。あはは」
「今までの間は何だったのよ!?」
代表してクラリスが突っ込んだ。
流石のイグドラシルも格好がつかないと思ったのか、汗を流し、頬をポリポリとかいていた。
「あっれ~? おかしいなぁ。何だかこう、上手い事言いたかったんだけどな。いつか誰かが作ってくれるであろう、イグドラシル名言集に載せる予定だったのに」
「その名言集も出てこなかったら、ただの白紙の集まりよ。ったく、珍しく隊長らしいところ見れると思ったのに」
「へへ、面目ない。お詫びのお酒要る?」
「要るわけないでしょ! というか、いつも思うんだけど、そんなんでまともに剣を振れるの?」
クラリスの指摘は至極当然だった。
酔いは正常な思考が出来なくなるばかりか、身体機能にも影響を及ぼす。
そんな状態で有事になったら、どういう風に対応するのか。
人としても気になるし、管理者である王族の立場としても気になった。
「え~? それを私に聞いちゃう? よっしゃ分かったよ。へいマスター!」
イグドラシルが持ってこさせたのは、火のついた蝋燭と水の入ったバケツだった。
マスターは去り際、一言だけ言った。
「てめぇしくじったら分かってんだろーな?」
「大丈夫大丈夫」
彼女が剣を持って立ち上がる。
それを見た他の客が喜びの声を上げた。
「お! イグさんの一発芸かい! 久々だねぇ!」
「おいまた賭けようぜ! イグさんが失敗するか、成功するかをな!」
クラリスとファルシアは目を合わせた。
これからイグドラシルが何をするのか、全く想像がつかない。
賭け事の話が聞こえてくるから、恐らくそれなりの難易度の内容だとは予想できる。
「じゃあファルちゃんにクラちゃん、私がこの状態でもちゃんと剣を振れるってところ、見せてあげる。――ほいっ、と」
イグドラシルは蝋燭を真上へ放り投げた。
蝋燭はクルクルと回転しながら落ちてくる。蝋の白と、火の赤が、円を描く。
その間にイグドラシルは抜剣していた。彼女は鼻歌を歌いながら、前を向いている。落ちてくる蝋燭を、一切見ていないのだ。
蝋燭が彼女の眼前まで迫る。とうとう彼女の視界に現れた蝋燭。
イグドラシルの腕が一瞬ブレる。
――空気を切り裂く音が、一度だけ鳴った。
蝋燭は地面に転がる。
ファルシアはその蝋燭を見て、驚いた。
「ひ、火のついた糸だけを斬った……! 蝋には掠りもしていない……!?」
一つだった蝋燭が二つに分かれていた。一つは火のついた糸、一つは蝋の本体。
ファルシアと一緒に見ていたクラリスは、首を傾げる。
「ファルシア、どれくらいすごいか解説」
「かっ神業です。恐ろしく速いし、それでいて非常に精密な剣、です」
「あんたはやれそうなの?」
「……た、多分やれます。ですが、一回で成功させる自信はありません」
イグドラシルは火のついた糸を踏みにじり、手でピースサインを作った。
「ま、こんなもんだねっ!」
その後彼女は念のため、踏みにじった場所へ水をかけ、完全消火を確認。その後、雑巾と箒を使い、後始末を行った。
動いて喉が渇いたのか、イグドラシルはまた一つ、ジョッキを空にしてみせた。
「いっイグドラシルさん、すごいです……! 本当に、すごいです……!」
「やった~! ファルちゃんに褒められちゃった~! いぇ~い!」
「腐っても第一部隊隊長ってことなのね」
「う~ん! このツンツン満載のセリフも今なら、美味しい肴だね」
「だぁれがツンツンよ」
「あ、そうだ。良いこと思いついた」
そこでイグドラシルは両手をパンと叩く。
「私、口で伝えるの下手っぽいから、実際に剣をぶつけてみよう! ファルちゃんなら、それで伝わるでしょ?」
「! めっ名案です! 流石はイグドラシルさん……!」
「あっはっは! もっと褒めたまえ!」
二人のやり取りを見守っていたクラリスは一つの考えにたどり着いた。
――あぁ、この二人って同類の剣馬鹿なのね。
思考や常識を全て剣につぎ込み、会話手段が剣を用いた肉体言語。
余りにも似た者同士。ならば、意気投合するのはもはや運命。
「そうと決まれば、早速城に戻ろう! そこの修練場で戦おうよ!」
「おっお願いします……!」
「何勝手に話を進めてんのよ! ファルシアは私の近衛騎士なのよ! 何かしたいなら、まずは私に話を通しなさい!」
「クラちゃんお願いだよ~! 私ももっとファルちゃんには強くなってもらいたいんだよ~! お願い~!」
「ひっつくな! 酒臭い! あぁもう! 鶏の唐揚げは食べられたし、目的は果たせたから、好きにしなさい!」
「ありがと! クラちゃん大好き~!」
「――その調子で、仕事の方も好きになってくれると嬉しいのですが」
店内が凍りつく。客たちの視線が入り口へ向けられる。
ユウリ・ロッキーウェイが、『無』の表情を浮かべ、そこに立っていた。




