第49話 その物盗りぶっ殺すために強くなったんだ
しばらくして運び込まれてきた鶏の唐揚げ。
クラリスはしばらく感動に打ち震えていた。
「おおおぉ……」
ファルシアとイグドラシルはそこで空気を読んだ。
二人でさり気なく鶏の唐揚げが入った皿をクラリスの元まで運んだのだ。
それに知ってか知らずか、クラリスは早速鶏の唐揚げを食した。
「ふ、ふふふふ……」
クラリスは美味しさのあまり、笑っていた。
衣のしっとり感、鶏肉自体の旨味、南方の国から仕入れたとされる香辛料の奥深いスパイシーさ。
咀嚼だけで楽しい。咀嚼こそが娯楽。
季節限定の鶏の唐揚げに対して、色々と講釈を垂れる『知識人』がいるだろう。だが、クラリスはその全てを殴り飛ばすつもりだった。
この鶏の唐揚げを前にして、千の言葉は不要。むしろ、たったの一言に収束される。
「美味しいぃ……幸せぇ……」
頬に手を当て、文字通り幸せを噛みしめるクラリス。そこにはサインズ王国第一王女の威厳はなく、ただの少女の姿があった。
そんなクラリスの邪魔をしないように、ファルシアとイグドラシルは小声で会話していた。
「ねえファルちゃん、クラちゃんって面白いよね」
「は、はい。面白くて、いい人です」
「そだねー。これでずっと『女王にはならない』って言ってるんだから、すごいよね」
「おかしいですっ」
「はい、そこの馬鹿二人。聞こえてるから。というか、ファルシア。あんたもお忍びで来ている意味分かりなさいよ?」
さっきまで鶏の唐揚げに舌鼓を打っていた姿はどこにいったのか。
クラリスはじとーっとした目つきで、二人を非難する。
とはいえ、確かにそうだと頷くファルシア。
そこで少女は視線を宙に彷徨わせる。クラリスが求めているのは、今この場においてふさわしい呼び名である。
ファルシアはイグドラシルの言葉を思い出した。
「じゃあ、クラちゃん……」
「はぁ!?」
「ひぃ!? だ、だめでしたか!?」
「駄目じゃないけど、あんたからは駄目!」
「どっどういうことですか……!?」
「急に呼ぶのは無し。呼ぶなら、ちゃんと私に申請して。許可が下りるまで呼ぶの禁止なんだから」
「あはは! クラちゃん、くそめんどくさいね!」
言いながら、イグドラシルの飲酒のペースは上がっていく。
やはり見るべきものは痴話喧嘩を始めとする、ドロドロとした場面だ。
彼女の好きなものは、酒と面白そうなこと。クラリスとファルシアのやり取りは、イグドラシルにとって最高の肴だったのだ。
「いっイグドラシルさんに聞きたいことがあるんです、けど……!」
「おっなになに!? いいよ~! 何でも答えるよ!」
イグドラシルは身を乗り出した。
彼女は後輩に頼られるのが大好きだ。それはユウリだろうが、ファルシアだろうが、何一つ変わらない。
対するファルシアは少し躊躇ってしまった。
彼女の剣技に魅了された時点で、ファルシアは既にイグドラシルのファン。緊張してしまう。
「ど、どうしたらイグドラシルさんのように綺麗な剣を振るえる……んですか?」
「ほーん……ファルちゃんは強くなりたい?」
「なりたい、ですっ。私はもう、泣きたくないんですっ」
その言葉で、イグドラシルの表情が変わった。
「ファルシアちゃんはもう泣きたくないから、私に強さの秘訣を聞くんだね」
「はっはい」
酒を最後まで飲み干した後、イグドラシルは新たなジョッキに手を伸ばす。いつの間に注文したのか、酒の入ったジョッキが三つ並んでいた。
クラリスは鶏の唐揚げに夢中で、彼女の行動にコメントはしなかった。
「私もファルちゃんと一緒なんだ。泣きたくないから、強くなったの」
「イグドラシルさんも、ですか?」
「うん! 子供の頃、両親が物盗りに殺されてさ。その物盗りぶっ殺すために強くなったんだ」
ジュースを飲む、ファルシアの手が止まった。
軽いノリで話す内容じゃない。彼女は思わず、ジョッキを落としそうになってしまった。
「珍しいわね。あんたがその話するなんて」
クラリスは鶏の唐揚げをつまみながら、そう言った。ようやく落ち着きを取り戻したのか、元のクラリスに戻っていた。
それに対し、イグドラシルは笑ってみせる。
「私とファルちゃんは似てると思ってね。だから、私が教えてあげられることは教えてあげたいな〜って」
「その物盗り、どうなったんだっけ?」
「おかげさまでぶっ殺せたよ。爽快だったね」
ファルシアがいまいち受け止め方に困っていると、イグドラシルは彼女の背中をバンバン叩く。
「あっはっは! どしたのファルちゃん? 具合悪い? お酒飲む?」
「隙あらば酒勧めるの止めなさい」
「え~だって、私一人でこんな美味しい酒を独り占めしてるのが申し訳なくてさ」
「いっイグドラシルさんは、その、お父さんとお母さんがあの……」
イグドラシルはファルシアの頭に手を伸ばした。
ファルシアがとても言葉を選んでくれているのが伝わった。
とても優しい子だ、とイグドラシルは口には出さなかったが、そう感じた。
「ごめんね気を使わせちゃったかな? 確かに最初は悲しくて悔しくて、狂いそうになった。だけどね、強くなって敵を討てたから、もう大丈夫だよ」
イグドラシルは続ける。
「さて、それじゃあどうしたら私のような剣が振るえるかってところなんだけど……」
ファルシアは唾を飲み込んだ。これからイグドラシル・クレイヴァースの剣技について、話を聞けるかと思うと、ワクワクが止まらなかった。