第47話 金髪ツンデレちゃんはさー
「それはもちろん――」
クルスが答えようとした瞬間、新たにローブを纏った男がやってきた。
彼はクルスへ耳打ちをする。すると、クルスは苦笑しながら何度も頷く。
「逃げるようで格好悪いが、今日のところは失礼するよ。用事が出来てしまってね」
クルスは演説している男へ手を振った。すると男はこう演説を締めくくった。
「我々アーデンケイル教団は常に貴方の隣人であり、友であり、家族です。我々はあまねく者へ平等に秩序と平和をもたらすべく、活動しています。気になった方はお近くのアーデンケイル教団の施設へお立ち寄りください! それでは!」
クルスは最後まで残り、完全な撤退を確認する。
彼は最後にクラリスの耳元へ顔を近づけた。
「――君は賢い子のようだ。だけど、それが時に不幸を招く時があるかもしれない。アーデンケイル教団の話を聞けば、もしかするとその不幸を避けられるかもしれないよ」
「なら私は幸せね。今まさに、あんたという不幸を退けることが出来たのだから」
そう笑いながら、クラリスは親指を下に向けた。淑女が絶対にしてはいけないハンドサイン。
しかし、クラリスは何故か画になっていた。
「はっはっは。発想が柔軟で羨ましいね。さて、行くとするよ。あの赤毛の子にもよろしく伝えておいてくれたまえ」
既にクルスの姿はなかった。何たる逃げ足の速さか。
「ちっ。ファルシア、あんた大丈夫……そうね」
ファルシアは最初から最後までちんぷんかんぷんだった。
分かったのは、秩序と平和は素晴らしい。それだけの、子供で分かることだけであった。
クラリスはこれで良かったのかと振り返る。
幸い、毒されずに済んだ。しかし、しっかり飲み込めていないようにも見えていた。中途半端はいずれ、その物事に対して、余計な解釈を生む。
後でフォローアップの必要性があると、そう彼女は結論づける。
それはともかく。
クラリスは本来の目的を思い出す。
「ファルシア! 何ぼーっとしてんのよ! 早く行かないと唐揚げが食べられなくなるかもしれない!」
「か、唐揚げは逃げたりしないと……」
「逃げたらどうすんのよ! 私は後もう少しのところで、鶏の唐揚げを食べられなかった女になるかもしれないのよ!?」
「お、大げさ過ぎますよぉ……」
ここに、ファルシアとクラリスの価値観の相違があった。
ファルシアは根っからの庶民だ。だから、そう考えた。
クラリスは根っからの王族だ。だから、必死になる。
クラリスに強引に引っ張られ、とうとうたどり着いた例の酒場。
「行くわよファルシア」
クラリスは、何のためらいもなく、扉を開こうとする。
そこでファルシアは疑問に思った。一国の王女はどうしてこう、酒場に慣れているのだろうか。
それを聞いてみると、クラリスはあっさりと白状した。
「たまに城を抜け出してこの店に来てたんだから、慣れてるに決まってるんでしょ」
「えぇ……良く城から抜け出せましたね」
「当たり前でしょ。王族だけが知っている秘密の逃走ルートを使って、城を抜け出してるんだから」
「……そ、それ問題では?」
「問題なんて私自ら吹き飛ばす。あとは何の問題が?」
「す、すみません。ありません、でした……」
「大体、私といえど、生きていてそう簡単に問題なんて発生しないわよ」
王族といえど人間だ。
命を狙ってくる者はいるが、それはあくまで向こうの問題。自分から原因となって、問題が発生するなんてない。
その視点で見れば、クラリスは善人となるだろう。
「うひょ~! 今日は給料日~! 死ぬまで飲むぞ~!」
ただし、生きているだけで問題を呼び込む人間はいる。
例えばそう、サインズ王国騎士団第一部隊隊長イグドラシル・クレイヴァースのような人間だ。
「あ! お姉さん……!」
「げっ、イグドラシルか……」
「あっれー? なんか極端な反応が返ってくるー! あははは!」
酒瓶片手に、イグドラシルは大爆笑する。それだけで、彼女が酔っ払っていることは理解できた。
ひとしきり笑った後、イグドラシルはクラリスを指差す。
「なんでクラリス王女、そんな格好してるんですか? や、かわいーからオッケーなんですけど」
「……良く私だって分かったわね」
「え? 大体気配で分かりません? ファルちゃんもそうだよねー?」
「え!? えと、その……はい、分かります。クラリスさんなら、多分私、五感を奪われても分かります」
「ひぇ~! すっごい! それ愛! 愛だよ~! クラリス王女良かったね!」
「なんで私が嬉しがることになるのよ! ばっかじゃないの!?」
そう言いながら、クラリスはニヤけた笑顔を浮かべていた。明らかに満更でないことは、彼女を知っていれば、誰でも分かってしまう。
イグドラシルはファルシアに近づき、頭をポンポン叩く。その光景は、見るものによっては、姉妹のような雰囲気を醸し出していた。
「クラリス王女はさー」
「今、私はお忍びで来てるの。少しは空気読みなさい」
「金髪ツンデレちゃんはさー」
「イグドラシル……私、あんたのことを簡単に断頭台に送れるんだけど?」
「見目麗しき金髪さんはさー!」
「よろしい」
そこでようやく発言を許されたイグドラシルである。
彼女は基本酔っ払っているので、誰にでもこのような『軽さ』で絡んでいく。それが部下だろうが、王族だろうが、だ。
イグドラシル自身のキャラが許されているのか、それを咎めるものは騎士団長とユウリを除いて、誰もいない。
「お、お姉さん。かっこいい……く、クラリスさんにそこまで言えるなんて……!」
そんな自由奔放な彼女に対して、ファルシアは尊敬の念を抱いてしまった。




