第45話 嫉妬しなさいよ!
ある日、ファルシアは王都内で半泣きになっていた。
「ちょ、ちょっと……クラリスさん、帰りましょうよ……」
「あんた、その名前で呼ぶの禁止って言ったわよね!」
ファルシアは、いつもの通り怒られていた。
今日のクラリスはいつものドレスから一転、随分とボーイッシュな格好となっていた。
黒いジャケットにパンツスタイル。彼女の美しい金髪は全て、キャップの中に収められていた。
それに合わせ、ファルシアも普段の軍服から私服へと切り替わっていた。
これには理由がある。
「最終的に見つかってもいいけど、その前にあの酒場の季節限定の鶏の唐揚げを食べるまでは、戻れないわよ」
「と、取り寄せればいいと思います……」
「はぁ!? 何言ってんのよ! 唐揚げは鮮度が命よ。冷めた唐揚げもいいけど、やっぱり初めて新作を食べるなら、断然アツアツ。これは決まってるのよ」
「き、決まってるんですか?」
「決まってるのよ。ぐだぐだ言ってないで、キリキリ付いてきなさい」
現在、ファルシアとクラリスは王都内にある酒場へと向かっていた。
正確には、以前ファルシアが鶏の唐揚げを買いに来て、そしてサインズ王国騎士団第一部隊隊長イグドラシルと出会った場所である。
今日はこの店で、季節限定の鶏の唐揚げを出すらしい。
南方の国から仕入れた香辛料をふんだんにつかった、『スパイシーから揚げ』。酒にも、ご飯にも合うとされている。
この一品の情報を手に入れたクラリスは、すぐに行動を開始した。
信頼できる侍女に変装用の服を持ってくるよう伝え、ついでに近衛騎士のファルシアにも着替えを命じた。
そして、今日予定されていた公務を全て『緊急的な案件がある』の一点張りで、全てキャンセルしてみせた。
これがジェームズ王に知られたら大変なことになる。
――そんなことはクラリスは百も承知だった。彼女は最初から怒られるつもりだった。
だが、それよりも早く、季節限定の鶏の唐揚げを食すことが、今回の勝利条件。
今回の件で怒られることが二つある。
まずは独断で公務をキャンセルしたこと。もう一つは、栄養バランスを考えた食事を全て無視し、鶏の唐揚げへ飛びついたことだ。
「うぅ……こ、このことがバレたら、大変なことになるんじゃ……」
「大変なこと? なるに決まってるじゃない」
「ひぃぃ! や、やっぱりなるんじゃないですか……! 戻りましょうよクラリスさん~……」
「あんた、私にここまで来て帰れって言うつもり? それはありえないわよね?」
「……あ、あり得ません」
「よろしい。段々、あんたも近衛騎士が板についてきたわね」
「そっそういえば……この前、私がいなかった時、騎士団長さんにお願いしてた、んですよね?」
「何? 嫉妬?」
「いっいえ」
「嫉妬しなさいよ! あんた、まさかこのままネヴィアとチェンジしようってつもりじゃないでしょうね!?」
「ち、ちちち違います! ただ、私が近衛騎士になる前はどうしてたのかなって! それだけです」
クラリスが立ち止まった。
ファルシアは一瞬、更に怒らせてしまったのかとビクビクしていた。
しかし、彼女の不安とは裏腹に、クラリスは視線を宙に彷徨わせていた。
「どうしてたんだっけ。ネヴィアに守らせてたのかな?」
「えと……覚えてない、とか?」
「覚えてないわね。けど、思い出せないならそれは重要じゃないのよ。現に、今はこうしてあんたが私の側にいる。それだけで、何も問題はないわ」
「えへへ……。そ、そうですかぁ~……?」
「その気の抜けた笑顔じゃなかったら、もう少し加点出来たんだけどね」
一見怒ってそうに見えるが、どこか楽しげなクラリス。その後を追いかけるファルシア。
二人が目的地へ向かう最中。
ふと、人混みが目に入った。
「この世界はまだまだ混沌の世の中です。皆様、今こそアーデンケイル教団が世を導き、世界に秩序と平和をもたらす時!」
白いローブを身に纏った男が、街角で民へ訴えていた。
ローブの中心には、翼と天秤の刺繍が施されている。
民は男の話に夢中だった。
「えと、クラリスさんあれは……?」
「聞かなくて良い。アーデンケイル教団の勧誘活動よ、あれ」
「アーデンケイル教団って、なんですか?」
「聞きたいかい?」
クラリスとファルシアの前に、黒髪の男が立ちはだかった。男も、演説をしている男と同じ、白いローブを身に纏っていた。
「興味ない。行こ」
「え、えっと? ――あ」
ファルシアは、思い切りクラリスに睨まれた。
流石の彼女もそこで、察した。
ここは、黙っているのが正しいことなのだと。
「あぁ、もしかして驚かせちゃったかい? 私はアーデンケイル教団のクルスって言うんだ」
彼は一瞬の間を置いた後、話を再開する。
「二人共警戒しているだろうから、名乗らなくてもいいよ。ただ、代わりに少しだけ時間をもらえたらなって。きっと君たちも、アーデンケイル教団の素晴らしさに気づいてくれると思うからさ」
「どう、します……?」
「……本当なら、あんたにこういうのを見せたくはない」
それはクラリスの心からの言葉だった。
ファルシアは良くも悪くも影響されやすい。だが、己の護衛を務めていれば、『アーデンケイル教団』の名を耳にする時が必ず来る。
「でも、聞かせてあげる。だから、あんたはこの話を自分の中に留まらせず、必ず飲み込みなさいよ」
クラリス的には、かなり慎重に下した結論である。
だが、それも近衛騎士の成長に繋がると信じて、あえて彼女は『傾聴』を選択した。




