第44話 君は、私のヒーローだよ
「――また今度」
「っ!?」
外套の男は懐から丸い物体を取り出し、地面に投げつけた。
物体は割れ、そこから強烈な光が放たれた。これは目くらましの魔法具。一回限りの使い捨て。
気づいたときには、外套の男は姿を消していた。
マルーシャは約束通り、オクスたちを連れてきていた。
「これは……間違いない、リーダーのガラルドだ」
オクスはガラルドを確認する。首筋に手をやった後、すぐに立ち上がる。
既に脈はない。リーダー、ガラルドは死んでいた。
「ファルシア殿、君が?」
「いえ……外套を纏った男の人がやりました」
「逃げられたか?」
「ごめんなさい……。なんとしても斬るべきでした」
「気にするな。君は生き残って、向こうも生きている。なら、また対峙すればいいだけさ」
「はい。ありがとう、ございます」
戦闘の音は既に止んでいた。
重症者の手当をする者、山賊を連行する者、それぞれが為すべきことを為していた。
ファルシアは己の両手へ視線を落とす。
理想と現実の落差。自分は理想を掴み取れるほど強くない。
気づけば、ファルシアは涙を流していた。
「ふぁ、ファルシアちゃん!?」
「……マルーシャ。俺たちは重症者の手当に回る。念のため、ファルシア殿と一緒に周囲の警戒をしてくれ」
既にそんな危険なんて無いが、オクスはあえてそう指示を出した。
オクスたちは事後処理へ回り、そこにはファルシアとマルーシャだけになった。
「マルーシャ、さん……私、弱いです」
「どうしてそう思ったの?」
「私が強ければ、もっと強ければ、皆が傷つくことなんてなかったのに……!」
「ファルシアちゃんは頑張ったよ。現に、ファルシアちゃんがいてくれなかったら、私は死んでたかもしれないし」
マルーシャがファルシアを抱きしめた。
どう言葉をかけていいか分からなかった。自分よりも強い者に対して、百の言葉はきっと苦しめるだけ。だから、一の行動に全てを託した。
「だからありがとう、ファルシアちゃん。君は、私のヒーローだよ」
そこからファルシアが落ち着くを取り戻すのに、幾ばくかの時間を要した。
落ち着くを取り戻していく中、ファルシアはクラリスのことを考えていた。
(クラリスさん。何だか早く会いたい、です)
いつも強くて、いつも真っ直ぐな優しい人。
そんな彼女に、ファルシアは早く話を聞いてもらいたかった。
◆ ◆ ◆
明朝。
ファルシアたちは、無事王都へ帰還を果たした。
馬車が王城まで近づくと、城の侍女が入口付近で待機していた。侍女は、ファルシアを見つけるなり、慌てた顔で近寄ってきた。
「ふぁ、ファルシアさん。王女がお待ちかねです。急いで戻ってきてください!」
「え、ええ!?」
オクスとマルーシャへ手短に別れを告げ、ファルシアはそのまま王女の私室へ走っていった。
「おっそい!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「山賊退治にどれだけ時間かかっているのよ! それに、そんな服がボロボロになっているなんて、どういうこと!?」
そう言いながら、クラリスは侍女たちを呼び出した。
侍女たちは神速で主の意図を汲み取り、ファルシアを連れて行った。
「全くもう……!」
「あ、ありがとうございますっ」
数十分後、ファルシアの身なりは綺麗になっていた。
服は新しくなり、身体の汚れも落とされている。
ファルシアへ椅子に座るよう言いつけ、クラリスは腕を組む。
「今回、私があんたを第三部隊に貸した理由は分かるかしら?」
「わ、分かりませんっ!」
「簡単な任務であんたの知名度を上げて、それで舐められないようにするって寸法だったのよ」
「なっなるほど……?」
「だからあんたがいない間、王女特権でネヴィアを護衛にしていたっていうのに……」
クラリスはファルシアの額をつつく。
「その体たらくは何なのよ。一応、事のあらましは聞いているけど、あんたの口からも説明しなさい」
彼女に促されるまま、ファルシアは今回の件について、たどたどしく説明を始める。
「…………」
クラリスは仁王立ちのまま、黙って話を聞いていた。
彼女は一切口を挟むことはない。
たとえ、ファルシアが理想と現実の差に涙したという話を聞いてもだ。
「――という、ことでした」
「ふぅん」
「お、怒って……ますか?」
「怒っているわよ。あんたのつまんない思い上がりにね」
クラリスはファルシアの頭に手を乗せた。
「あんた一人で全てを守れるだなんて思わないことね。あんたが出来る範囲は、あんたの限界まででしかないの」
「は、はい……」
「守れなかった? 泣いた? それであんたは立ち止まるつもり? あんたの目指す理想の騎士は諦めるつもり?」
「立ち止まりたく、ないです。皆を守れる理想の騎士に……なりたいです!」
「ならどうする?」
「強くなりたいですっ」
「『なりたい』だぁ? 違う! あんたが言うべきことは一つ!」
「強く……! 強くなります!」
気づけばファルシアは立っていた。
立って、真っ直ぐクラリスを見つめる。
「そうよ。そして、それは必ず実現する。何故なら、あんたは私が選んだ最強の近衛騎士だからよ! 保証なんてそれだけで良い!」
「はいっ!」
クラリスが指を鳴らすと、侍女たちが食事を大量に持ってきた。
どれも精のつく豪勢な料理揃い。ファルシアは思わずヨダレを垂らしてしまった。
「お腹空いたでしょう? 今日は特別にあんたにも料理を用意したから、一緒に食べるわよ」
「や、やった! 頂きます!」
ファルシアが改めて席につこうとしたら、クラリスは大きく咳払いをする。
「……ひ、一つだけあんたの理想の騎士像に追加しなさい」
「? 皆を守れる騎士、ですか?」
「そうよ。皆の前に、まずは『私を守れる』と追加しなさい。何で私を差し置いて、皆を守ろうとするのよ……」
そう言いながら、そっぽを向くクラリス。
段々と声が細くなり、頬を真っ赤になっていく。
そんな彼女に対し、ファルシアは首を傾げた。
「え? クラリスさんは大事な人なんですから、真っ先に守るなんて当たり前だと、その、思ってましたけど……?」
「――――! だ、だったら良いのよ! 早く席に着きなさい。食事が冷めるでしょ!」
「ひ、ひぃ! すいませんすいません!」
瓦解しそうなものがあった。だけど、得るものがあった。
ファルシアは改めて誓う。
――もう、泣かないようにする。
少女騎士の、絶対の誓いだ。




