第43話 弱者のマナーだタコスケが!
「マルちゃん、オクスさんの所に行ってください」
「そ、それじゃあファルシアちゃんが!」
「わ、私なら大丈夫です。だから、時間を稼ぐので、援軍を連れてきてくれたらその、嬉しいなって」
既にファルシアは剣を下段に構えていた。
マルーシャは一瞬迷った。だが、ファルシアの力量はよく分かっていたので、最終的には首を縦に振った。
「ファルシアちゃん。私必ず戻ってくるから! だから死なないでね!」
「はい、死にませんっ」
マルーシャが去っていくのをつまらなさそうに見るガラルド。
舐められたものだと、彼は内心腹を立てる。
見た感じ、ただの少女。剣なんて使わなくても、一発ぶん殴れば、首をへし折れそうな華奢な見た目。
「お、大人しく捕まってください」
「そいつは聞けないな。俺たちは王国をぶっ壊すためにいるんだ!」
「そんなことさせません。この国を壊させはしません」
「なら俺たちを倒してみな! 出来るものならなぁ! ――?」
ガラルドはそこで一瞬、自分の言葉に違和感を抱いた。
そもそも、何で王国を壊すのか。山賊団は山賊団だ。確かに王国に対して不平不満はある。だが、わざわざ勝ち目のない戦いを仕掛けるほど、馬鹿ではない。
「ぃぃや!」
ファルシアがガラルドに接近、そのまま剣をぶつけた。
彼の思考はそこで途切れた。理由は後で考える。今は、この戦いに勝つことこそが重要なのだ。
ファルシアとガラルドが激しく切り結ぶ。
魔力によって身体能力が強化されてはいるが、それでも体格差がある。恵まれた体格を活かした攻撃は、ファルシアの体力を奪っていた。
時間をかけられない。そう判断したファルシアは更に一歩踏み込んだ。
「ほぉ!?」
ガラルドの攻撃をすんでのところで避わし、数度剣を走らせた。殺すことは出来なくても、行動が鈍るコース。
だというのに、ガラルドの攻撃は止まない。
ファルシアの狙いは良かった。
しかし、ガラルドの表皮が想像以上に強靭だったのだ。魔力による肉体活性化は戦士の嗜み。
ガラルドも例に漏れず己の肉体を超活性させ、強固な鎧を手に入れていたのだ。
一度距離を離したファルシア。
深呼吸をし、狂いかけた戦闘のリズムを取り戻す。
――直後、鋭い殺意が迫るのを感じる。
「何!?」
本能に従い、前転するファルシア。気配のした方を振り返ると、そこには誰もいなかった。
だが、はらりと舞い落ちる髪の毛が、確かに『誰かが攻撃を仕掛けてきた』事実を認識させる。
気づけば、ファルシアの瞳からハイライトが消失していた。
「誰も、いない……」
「よそ見はいけねぇなぁ! 目を合わせて殺されるのが、弱者のマナーだタコスケが!」
「殺されるわけには、いきませんっ」
ガラルドが大きく踏み出した。その瞬間、ファルシアはスライディングをし、彼の股下に滑り込んだ。
「なんだと!?」
両足をそれぞれ一回ずつ斬りつける。手応えあり。深く刃を入れられたと確信する。
そのまま背後から首筋に剣を添え、ファルシアは一言。
「剣を離してください。抵抗すれば、私も相応の対応をしなければなりません」
ファルシアが本気だと知ったガラルドは、ひとまず指示に従うことにした。
剣を離した後、両手を挙げる。
「……くそが。俺が、こんなガキに負けるだと……!?」
「どうしてこんなことをしようと思ったんですか?」
「あ? そんなもん、あいつがそう言ったからだよ」
「? あいつって誰ですか?」
「それはク――」
そこでガラルドは言葉を止めた。彼は腕をだらりと下げ、そのまま地面へ倒れ込んだ。
「えっ……!」
倒れるガラルドの陰に、茶色の外套を纏った人間が立っていた。
「――!」
ファルシアが後方宙返りで後退するのと、外套の男が両手の短剣を振るったのは、全くの同時だった。
――あ、この男の人強い。
体格的に男だと判断したファルシア。分かったのはそれだけ。
ただ、彼女の脳内で、危険信号が鳴り響いていた。
ガラルドの顔をちらりと見る。顔に生気がなく、地面にどんどん血が流れている。
今から救命活動をしても間に合うかどうか、判別がつかない。
状況的に、外套の男がやったのは間違いない。
ファルシアが着地をする。既に外套の男が、彼女の間合いに踏み込んできていた。
外套の男は、右の短剣を振り回した。対するファルシアは的確に短剣を払っていく。
次は左の短剣がまるで矢のように、ファルシアへ伸びる。彼女はしゃがみ込む。空を切る短剣。そのままファルシアは足払いを繰り出した。
しかし、男は既に離脱していた。
仕切り直しのタイミングで、ファルシアは問いかける。
「さっきガラルドさんと戦っていた時、背後から切りかかってきたのは貴方ですね」
ハイライトの消失した瞳はまっすぐ外套の男を射抜く。
だが、彼は答えない。
答えの代わりに、外套の男は剣を構え直す。
左の短剣は横に構え、右の短剣はいつでも突きを繰り出せるような状態で構えられている。
ファルシアはその構えを見て、非常に攻撃的な印象を抱いた。
戦況がどうなっているか分からない。
しかし、この目の前の敵を逃してはならないことだけは分かった。
「ファルシアちゃん!」
遠くからマルーシャの声が聞こえた。




