第42話 私がいます
燃える家屋。突然の熱風に、第三部隊は怯む。
「敵襲!」
そんな混乱状態の中、外から山賊たちが襲いかかってきた。
第三部隊は驚いた。なにせ、この状況は自分たちがやろうとしていたこと、そのものなのだから。
オクスはその驚きを表情に出さず、迎撃の指示を出す。
彼は良く分かっていた。指示を出す者が狼狽えてしまったら、真の意味で敗北となることを。
そこからは戦略も何もない。地力での勝負となる。
皆、熱で体力と判断力を奪われている。
対する山賊たちは皆、水を被っている。コンディションに差が開いている。
「あああ!」
「騎士ってのは弱いなぁ!」
山賊の斧が、騎士の肩に食い込む。
重傷確定の一撃。一刻も早く、治療をしなければ失血死してしまう。
山賊が追撃のため、斧を振り上げる。
「やらせない!」
目にも留まらぬ速さで駆け寄る者がいた。マルーシャだ。
彼女はすれ違いざまに、山賊の胴体へ剣を振り抜いた。
そしてマルーシャは、よろめく山賊の足に剣を突き立てた。戦闘続行は不可能と判断した彼女は、次の標的へ狙いを定める。
戦況は混沌としていた。
火の海の中。想定外の奇襲。命のやり取り。
この三要素は騎士たちに多大なるストレスを与え、それはそのままパフォーマンス低下へ繋がっていた。
数では負けているものの、山賊たちの命知らずとも言える思い切りの良さは、騎士を圧倒した。
「みっ皆さん大丈夫ですか!?」
そんな混乱状態の中、ファルシアは山賊と切り結んでいた。
剣を振りながら、彼女は全体の把握に努めていた。
皆バラバラに戦っている。連携も何もあったものではない。
ファルシアは身をひねり、山賊の大振りな攻撃を避ける。
そのまま斜め下から斬り上げた。深々と入った。しかし、これは致命傷ではない。
「そこでじっとしていないと死んじゃうので、その、大人しくしててくださいっ」
とりあえずの目標を立てていたファルシア。
まずはマルーシャと合流する。その上で、オクスとも合流し、流れを取り戻す。
その間、ファルシアは周囲の状況を見て、身体からごっそりと力が抜けそうになった。
山賊に蹂躙される騎士たち。熱によって判断力が鈍った者から、傷を負っていく。
一人助けている間に、今度は違う誰かが傷ついていく。
今度はどちらかを助けようと思ったら、どちらを取るか迷う。結果、その両方を助けられない。
「なん、で……私、皆を助けたくて、騎士になりたかったのに……」
理想と現実の落差。
ファルシアの頭の中ではもっと上手くやれていた。
しかし、この状況はまるで彼女のイメージとは違っていた。
そんなことを考えていると、遠くからマルーシャの声が聞こえた。
「くっそ……!」
「威勢の良い姉ちゃんだ! だがここまでだ」
マルーシャが二人の山賊を相手に立ち回っていた。
左腕を庇いながら戦っているように見える。おそらくどこかのタイミングで負傷したのだろう。
戦う者たちは皆、魔力による肉体活性化を行っている。
自然治癒力も向上しているので、ちゃんと休めば回復する。
だが、それを待ってくれるほど戦場は優しくない。
「まっマルちゃん!」
彼女に迫る危機。
ファルシアは地面に亀裂が走るほどの踏み込みで、一直線に駆け抜けた。
マルーシャに近い山賊の腕を斬りつけ、すぐに背中から剣を刺した。致命傷は避けている。しかし、手当をしなければ失血死確実の一撃だ。
突然の乱入に驚く山賊。反射的に武器を振るうも、ファルシアは剣を傾けることで、それを受け流した。
斜め下から斬り上げる。そしてすぐに両腕へ剣を刺す。
ひとまず無力化出来たことを確認するファルシア。
そしてすぐにマルーシャの無事を確認すると、彼女は大きく息を吐き出した。
「よ、良かった……です。無事で」
「あ、ありがとう……! 私、背後から腕を斬りつけられちゃって……もう、駄目かと思った……!」
マルーシャの身体が小刻みに震えていた。
死は怖い。それはどれほど戦闘に慣れていても、拭い去るのことのできない感情だ。
ファルシアも当然、それをよく知っていた。
だから、彼女は自分がして欲しいことを相手へする。
マルーシャへ近づいた彼女は、手を頭に乗せる。
「だ……大丈夫です。私がいます。まっマルちゃんはその、絶対に大丈夫です」
にへら~、と笑顔を浮かべ、優しく頭を撫でる。
怖いなら怖くて良いのだ。それを、誰かに分かって欲しい。
ファルシアにとって、それが一番して欲しいことだった。
「ファルシアちゃん……」
トクン、と。マルーシャは胸の中で、何かが脈打ったような感覚を覚えた。
首を傾げると、ファルシアは慌てふためく。
「え、えとえと……もしかして、痛いところ増えちゃいましたか……?」
「! う、ううん! 何でもない!」
マルーシャはバッとファルシアから顔を背けた。
頭の上に疑問符が大量に現れる。何故か、急にファルシアの顔が見られなくなってしまったのだ。
一度、マルーシャは頭を大きく振って、この疑問を追い出す。
今はその時ではない。まずは生き残り、任務を完遂させることが重要なのだ。
「よ、よし。ファルシアちゃん、これからオクス隊長に合流しよう。そして、リーダーのガラルドを確保しよう」
「俺のことを呼んだか?」
煙の向こうから野太い男の声がした。
山賊団のリーダー、ガラルドである。彼は大ぶりの剣を肩に担ぎ、のそりのそりと姿を表した。
「リーダーのガラルドだ。ちっ、出くわしたのが女二人か。でも楽に頭数減らす事が出来るのは感謝だな」
ガラルドは大ぶりの剣を構え直す。
この任務を迅速に終わらせることが出来る、千載一遇の好機が現れたのだ。
今まさに、決戦が始まろうとしている。




