第40話 はぁ――
ファルシアたちが任務に向かう前日の夜。
山賊団は一人の男を囲んでいた。男は茶色の外套を纏っている。
山賊団は宴会を開いていた。酒と食料はその辺の村から奪ってきたものばかり。
罪の意識は一ミリもない。ただあるから奪う。それだけだ。
そんな山賊たちは外套の男を囲み、楽しく語らっていた。
「おいおいクルス! それ、本当かよ!?」
「クルス、今度俺に儲け話教えてくれよ!」
『クルス』、と呼ばれた外套の男は、野郎どもの質問に答え続けていた。
「まあまあ! 焦らなくても全部教えるよ諸君!」
山賊団のリーダー、ガラルドはクルスを遠巻きに見ていた。
ガラルドの隣にいた手下が耳打ちをする。
「あのクルスが現れてから俺たち、相当儲けさせてもらってますね」
「あぁ、あいつは頭も良いし、話も上手い」
「一週間前、あいつがいきなり来たときにはビビりましたね」
「そうだな。急に俺たちの所に現れて、『居場所がないからしばらく厄介になりたい』だなんて言い出した日にゃ、薬でもやってんのかと思っちまった」
「ガラルド殿、君もそろそろ休憩を終えて、再開しないかい?」
酒が入ったジョッキを掲げ、クルスは笑顔を浮かべた。
ガラルドは「あぁ」と小さく返事をし、彼の元へ向かう。
山賊団のリーダー、ガラルドは人を信じない。
山賊は、一瞬でくたばる刹那的な橋を常に歩いている者。
簡単に人を信じ、隙を見せれば、あっという間に死体となる。
だからこそ、ガラルドは人を信じない。心を許さない。
それなのに、このクルスに対しては、持ち前の疑り深さが働かない。
クルスには不思議な魅力がある。
少し話せば、まるで幼少からの大親友かのような信頼感が湧いてくる。
クルスとガラルドのジョッキが軽くぶつかる。
それをガラルドは一気に飲み干す。
「そういえばあの話、本当か?」
「何の話だい?」
「明日、王国の騎士団が俺たちを捕まえに来るって話だ」
その話が出た瞬間、山賊たちは会話を止め、ガラルドとクルスへ視線を向ける。
ある日、クルスがこう言ったのだ。
――私がこれから言う日。その日にサインズ王国が君たちを捕らえに来るだろう。
その運命の日が明日なのだ。
山賊たちの傍らに武器が転がっている。扱いは雑だが、どれも丁寧に手入れされた物だ。
山賊団は来たるべき日のために、準備をしていた。
ぼーっと待つだけではない。生きるため、策を練り、相手を絡め殺す。
「その通り。だけど、心配することはない。そのために諸君は準備をしてきたのだろう」
おもむろにクルスが立ち上がる。
「君たちは屑だ。人から奪うことしか知らぬ獣だ」
手に持っていたジョッキを掲げる。すると、山賊たちはそれに呼応するかのように前かがみになる。
クルスの言葉と所作に、注目が集まっていた。
「そんな獣たちに頭脳を与えた存在がいる。それが同じ屑のガラルド殿だ!」
「おおっ!」や「ガラルドさん……!」と言った声が上がる。野郎どもの興奮が高まっている。
ガラルドもその一人だ。
だからこそ、彼は気づけない。
「明日は決戦だ! ガラルド殿の頭脳と、君たち獣の牙と爪で、王国騎士団を一網打尽にしてくれたまえ!」
彼はそう言い切り、ジョッキを更に高く掲げた。
野郎たちは大歓声と共に、クルスへ集う。
そう、誰も気づいていないのだ。
クルスが、一言も自身を今回の当事者として、数えていないことを。
リーダーであるガラルドを差し置いて、山賊たちを扇動していることを。
「ガラルド殿! 君の力と頭脳が求められている! 振るってくれ! そうしてこの時代に闘争の嵐を巻き起こすんだ!」
「あぁ……あぁ! 当然だ! おいやるぞお前ら! 明日は王国の腰抜け共を血祭りにあげて、俺たちの伝説を作り上げるぞ!」
ガラルドは失敗したのだ。
遠巻きにずっと見ていたら良かったのに。
そうしたのならば、彼の違和感に気づけたかもしれないのに。
それも、もう遅い。
「はぁ――」
そっと集まりから離れたクルス。彼のにこやかな笑顔は瞬く間に抜け落ち、無表情へと変わっていく。
まるで笑顔の仮面を脱ぎ捨てたかのような、一瞬の変貌。
これが彼の『本来』。
彼は、胸元からペンダントを取り出した。翼と天秤が装飾された、銀のペンダント。
これは彼が加入している教団の物。握りしめ、祈りを込めた。
「アーデンケイル教団が世界を導く存在になるため、君たちには協力してもらうよ」
これは心の内に秘めておけば良い言葉。
しかし、クルスはあえて小さく口にした。そうすることで、使命の責任を噛み締めたいのだ。
自分は崇高な使命に基づいて行動している、と。
「商業都市ビイソルドの一件は失敗だった。そう何度も失敗したくないので、君たちはどうかよろしく頼む」
そこでクルスはふと思い出した。商業都市ビイソルドで、王女クラリスへ弓を引いたことを。
「……あの子、気になるな」
王女の護衛と思わしき赤髪の少女騎士。
遠距離からでも殺意を感じ取れるその嗅覚は、驚愕に値する。
「明日は、第三部隊がここへ来るように『手配』をした。だからあの子は来ないはずだ」
たった一回のやり取りだったが、彼は何故か気になってしまうのだ。
「もしも来たら、念のため消しておこう。彼女は何だかアーデンケイル教団にとって、脅威となる予感がする」
クルスはペンダントを握る力を強める。




