第39話 ファルシア殿の働きに期待したい
ファルシアは今、王都を離れていた。馬車の旅である。
目指すは王都から馬車で約一時間ほどの距離にある廃村。
「ごめんねファルシアちゃん、付き合ってもらっちゃって」
一緒に乗っていたマルーシャ・ヴェンセノンは申し訳無さそうな顔をする。
「い、いえいえ……気にしないでください」
今回の任務は山賊退治である。
王国内の治安維持が主任務である第三部隊に依頼され、ファルシアはこうして同行していた。
元々、この山賊たちは第三部隊によってマークされていた集団である。国境付近の山に住み、近隣の村を襲い、日々の生活を送っている。
しかし、噂によると、最近その山に凶悪な魔物が住み着いてしまったので、追われるように山を出た。
そして、たどり着いたのが、これから向かう廃村である。
その村は運が悪いことに、魔物の通り道となっていた。
ある日、魔物の被害に遭い、一人残らずその村から出ていってしまった。そのため、住んでいる者は一人もいない。
山賊団の規模は十五人。魔物さえ対処できれば、荒くれ者が住むには最適な場所なのだ。
その情報を掴んだ第三部隊はこれを機に、一斉確保を計画した。
四人一組の小隊を作り、住んでいる家へ突入。山賊一人に対し、隊員四人が対応。数の差を活かし、一人も逃がすこと無く、一気に確保しようという内容だ。
第三部隊はそこで考えた。
一人でも精鋭が欲しい。山賊団の構成員は一人ひとりが危険な人間だ。それぞれ最低、二人以上の殺人経験がある。人を殺めることを一瞬たりとも躊躇しない。
生半可な者を出せば、最悪死者が出る。それだけは避けなければならない。
そして、たどり着いた結論はこうだ。
――近衛騎士に助力を乞う。
それほどまでに、騎士団長ネヴィアとファルシアの戦いは強烈だったのだ。
その結論に、第三部隊の隊長は首を縦に振った。
その後はトントン拍子に事が進んだ。隊長自らクラリスに直談判し、許可を得ることとなった。
「ファルシア・フリーヒティヒ、今日はよろしく頼む」
同じく馬車に乗っていた男が頭を下げた。オールバックの黒髪が特徴的である。見た目から推測するに、年齢は三十代後半。
彼の名はオクス。第三部隊副隊長であり、今日の任務の責任者でもある。
「ど、どこまで力になれるか、わ、分かりませんが頑張りますっ」
「相手は山賊団の中でも、更に悪質な集団だ。万全を期すため、ファルシア殿の働きに期待したい」
「そだよファルシアちゃん、頑張ろうね!」
「そうだぞマルーシャ。お前の働きにも期待しているんだからな」
「それなら、ボーナスよろしくお願いしますね!」
「なら結果を出せ、結果を。まったくこのお調子者め……」
オクスはこめかみに手をあてた。
第三部隊には変人が多い。マルーシャもそのうちの一人である。彼の動作からは、彼女らを管理する副隊長のポジションの辛さが見て取れた。
「さて、僕の気分転換をさせてくれ。今日の作戦を簡単に話したい。現地についてからも打ち合わせはするが、ファルシア殿は今日だけのスポット騎士だ。何回も聞いておくに越したことはないだろう」
「よっよろしくお願いします」
「よし、分かった」
オクスの説明は簡潔明瞭だった。
難しい言い回しはせず、ファルシアでも理解できる言葉を選んでいた。
「お、オクスさんってもしかして、学校の先生をしてたんですか?」
「ぷぷっ」
「おいマルーシャ、今笑っただろう」
「だ、だって……! ぷっ、皆にいつも言われてるやつだなって思ったら……笑いが……!」
そこからオクスの拳骨が落ちるのは早かった。
「いったぁ! ぎゃ、虐待! 体罰!」
「指導だ。全く……もう少し緊張感を持て」
「ほどほどに緊張していますよ。だって今回かなり危険ですし」
「そうだ。だからこそ油断するな、気を引き締めろ。お前なら分かるだろう」
「はい、もちろん」
その時、ファルシアは見逃さなかった。マルーシャの表情が暗くなり、拳を握りしめたのを。
馬車の速度が緩やかになる。第一の目的である森にたどり着いた。
作戦の決行は夜。
まずはここで野営を行い、移動の体力を回復させる。
その後、夜になったら一気に制圧するというのが大まかな流れである。
「到着したな。それじゃ皆、準備しろ」
隊員たちはテキパキとテントや焚き火の準備をする。
日頃の練度が行動となって現れていた。
そんな中、ファルシアは立ち尽くしていた。
剣だけしか知らないファルシアは、野外で何かをしたことはない。
そこは母親から教わらなかったため、これが初体験だった。
「あわわわ……」
何かをやりたい。何かを手伝いたい。
だが、何も知らぬファルシアはあわあわと挙動不審な行動を取るだけ。
「ファルシアちゃん。こっちに来て、焚き火用の木や枝を拾うの手伝ってくれないかな?」
「はっはい! 喜んで!」
そんなファルシアの気持ちを察したのか、マルーシャは笑顔で手招きをした。
ファルシアは非常に感謝した。マルーシャが呼んでくれなかったら、ずっと立っていたことだろう。
恩に報いるべく、彼女は持ち前の身体能力を活かし、迅速に材料を拾い始めた。
「ファルシアちゃん、これは流石に気合を入れすぎというか……」
「す、すびばせん!」
数分後、こんもりと集めてきたファルシア。
その量に、マルーシャを始めとする隊員たちが引いてしまったという……。




