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第38話 敬っているだなんてあり得ません!

 城内にある数ある応接室の一つ。

 クラリスたち四人はそこにいた。


 あの後、ユウリは制止を振り切り、謁見の間まで向かおうとした。

 ユウリの本気を知り、ファルシアとイグドラシルはすぐに無言の連携。

 二人で抱きかかえ、この部屋まで連れてきたのだ。クラリスとイグドラシルが上座に座り、ファルシアとユウリは下座にいた。


「あのさ? 普通さ? 冗談にしておかない?」


「いいえ、しておきません。もはや私の口で駄目なら、その上の者から言葉をもらう他ないかと」


「だったらヴィーに行かない?」


「騎士団長から何万回怒られていましたか?」


「千を越えたあたりから数えるの面倒になっちゃった~! あはは!」


 隣で話を聞いていたクラリスが頭を抱え、思い切りため息をついた。

 イグドラシルの破天荒ぶりはサインズ王国では有名だ。

 国境付近に現れた魔物の集団を倒したと思ったら、その足でまっすぐ酒場へ行き、深夜までどんちゃん騒ぎ。彼女は人に奢るのが大好きなので、一夜明けると、高確率で財布がすっからかんとなってしまう。

 それに呆れた騎士団長ネヴィアが苦言を呈すると、五分大人しくなり、すぐに元に戻るという神経の図太さもある。


「隊長……私は隊長なら、もっと器用に立ち回れると思っています。隊長が他の部隊員たちから、陰で何と言われているか知らないわけじゃ、ありませんよね?」


 あはは、と笑うイグドラシル。どこか遠くを見つめるクラリス。真剣な眼差しのユウリ。

 その中で、全く話についていけないファルシア。

 そんなファルシアの空気を察したのか、イグドラシルは指折り数えた。


「えっと~『酒中毒』、『サインズ王国騎士団の恥さらし』、『第一部隊隊長になれたのは騎士団長のおかげ』とかだっけ?」


「その通りです。イグドラシル隊長は、己の腕一本でその地位まで上がれた優秀な騎士です。だから後は振る舞いにさえ気をつければ、歴代最高の隊長と呼ばれることすら――!」


 ファルシアには今までの経緯は分からない。

 一体何がどうなって、そう呼ばれるようになったか、考えるだけで頭が痛くなる。


 しかし、それでもこの会話から分かることが一つだけあった。

 素直な彼女は、思ったことをそのまま口にした。



「ゆ、ユウリさんってその、イグドラシルさんのこと大好き、なんですねっ」



 彼女は誤解していた。

 てっきり、ユウリはイグドラシルのことが嫌い――そう思っていた。


 だが、よくよく話を聞いてみれば、そうではない。

 尊敬する者が、正当な扱いを受けていないことに腹を立てている。それを少しでも正そうと、必死に言葉を放っているだけ。

 ファルシアはユウリのことが更にかっこよく見えた。物であれ、人であれ、何かに対して真剣になれる人はかっこいいのだ。



「な――――」



 ユウリの頬が朱に染まっていた。そして、いきなり立ち上がったり、座り直したりと意味不明の行動を始める。

 いつもの冷静沈着なユウリの姿はない。いるのは、ただ顔を真っ赤にし、挙動不審な行動を取り続ける可愛らしい少女の姿だ。


 クラリスは手を口に当てていた。

 笑いを堪えるのに必死だったのだ。他人が慌てふためく姿は最高の甘露。これを肴に紅茶を飲んだら、さぞかし進むことだろう。


 ユウリの目にうっすらと涙があった。


「ふぁ、ふぁふぁファルシア・フリーヒティヒ……! 私に対して、宣戦布告というわけですか!?」


「ええっ!? ち、違いますよ! だって、ユウリさんいつもイグドラシル隊長のことになると、一生懸命だから、つい……!」


「断じて! 違います! 私はイグドラシル隊長のことなんて、少しも敬っていません。しかし、剣の腕前は尊敬に値し、いつも相談に乗ってもらえて助かっているだけです。そんな私がイグドラシル隊長のことを敬っているだなんてあり得ません!」


「ユウリ……あんたもしかして余裕なくなると、自分から墓穴掘りに行くタイプ?」


 笑いすぎて、逆に冷静さを取り戻したクラリス。

 ユウリは気づいていない。否定しているようで、全く否定していないことを。


 イグドラシルはチラチラとクラリスと目を合わせていた。

 イグドラシルがユウリを軽く指差す。クラリスは静かに首を横に振る。この繰り返しをしていた。


「と、とにかく! 私は業務に戻ります。イグドラシル隊長、決裁待ちの書類が山積みです。可及的速やかに隊長室へ戻ってきてください。それでは」


 早口でまくし立て、ユウリは応接室を飛び出していった。

 室内に静寂が訪れた。そこにいた三人は互いを見やった。

 イグドラシルは懐から取り出した水筒に口を付ける。中身はもちろん酒である。一息であおり、余韻を楽しむ。そして一言。


第一部隊(ウチ)のユウリ、ちょー可愛くない?」


「か、可愛いですっ」


「……あんたが発端だってこと忘れてない?」


「…………あ」


「さーてと」


 イグドラシルは立ち上がる。可愛い部下のために、少しだけやる気を出すことにしたのだ。


「やる気出た?」


「ん~ちょっとね。可愛い可愛いユウリのために、今日は酒飲みながら書類仕事することにするよ」


「まず酒を止めなさい。それとも、酒禁止命令でも出してあげた方がいい?」


「えー!? そんな命令出されたら私、この国と戦うよ?」


 王女の目の前でする冗談ではない。もし、ユウリがこの話を聞いていたら、泡を吹いて卒倒するだろう。

 ひらひらと手を振り、去っていくイグドラシル。


「ファルシア、あんた酒だけは止めなさいよ」


「で、でも楽しそう、ですよね。私、飲める年齢になったら、その、ちょっとだけクラリスさんと飲んでみたいです」


「……仕方ないわね。ちょっとだけなら付き合ってあげるわよ」


 二人の間にまた一つ、楽しい約束が増えた。

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