第36話 感慨深いものだよ
ネヴィアはファルシアの柔軟な発想に驚いていた。
まさか剣を蹴り飛ばすとは夢にも思わなかった。完全に意識外から攻撃をされた。
迫る木剣を上に弾き飛ばせたのは、ほぼ無意識だった。
(捨て身の攻撃だ。もしも実戦ならば、外すことは死を意味する。分かっているのか……!)
連続突きの最後に罠を仕込んできたのは、見事の一言に尽きる。
しかし、そこは経験の差が物を言った。
ネヴィアは戦闘中、違和感を感じたら、すぐに防御態勢に入ることを徹底している。自分の知らない攻撃に対し、致命傷を負わないためだ。
今回はそれが功を奏した。ファルシアの木剣は、ネヴィアの胴体目掛け、蹴り飛ばされた。しかし、ネヴィアの無意識の行動が、それを防いだのだ。
真上へくるくる飛ぶ木剣。
ネヴィアは早急に決着をつけようと、剣を真横に振った。
しかし、そこにファルシアはいない。
ネヴィアはすぐに上空を見上げた。
「上……!」
「やっぱり騎士団長さんはすごい。防いじゃった。でも!」
魔力による肉体活性化で底上げされた脚力は、ファルシアを遥か真上に打ち上げられた木剣の元まで届かせた。
ファルシアは木剣を掴むと、そのまま落下を始める。
「私は負けない!」
「私が防御することも織り込み済みか!」
落下するファルシア、下で待ち構えるネヴィア。
ファルシアは剣を縦一文字に振り下ろす、対するネヴィアは斜めに振り上げる。
二人の木剣が衝突する――!
バキッ!
鈍い音とともに、『何か』が宙を舞い、やがて地面に突き刺さる。
その正体は、刀身の真ん中から折れた、互いの木剣であった。
「え、と……」
「ふむ」
折れた木剣を持ち、立ち尽くす二人。シンとするギャラリー。
こうなると模擬戦どころではなかった。
ファルシアはネヴィアに恐る恐る確認する。彼女の瞳には、ハイライトが戻っていた。
「その……もしかして続行ですか? 一応、武器がなくても戦えますが……」
「いや、止めにしておこう。これ以上は不毛だ」
ファルシアから木剣を回収すると、ネヴィアは隊員たちへ向き直る。
「双方の武器が破損した。よって、模擬戦はこれにて終了とする。各自、私と近衛騎士ファルシアの戦いを見て、何を感じただろうか」
ネヴィアはファルシアの肩に手を置いた。
「彼女の卓越した戦闘力は本物だ。今の戦いを見た者は、もう彼女の実力を疑うことはないだろう」
大半の隊員たちは小さく頷いた。
本来ならば、全員に認めさせるつもりだったが、それはまだまだらしい。
今回のネヴィアの意図は唯一つ。
ファルシアのことを皆に認めさせる。ただ、これだけだった。
色々と贔屓にしている自覚はある。
自分に剣を教えてくれた尊敬する先輩の娘であること。
自分が忠誠を誓うクラリス王女が気に入った人間であること。
個人的にファルシアの潜在能力に期待していること。
それを口に出すことはしない。
そして、手加減もするつもりはなかった。
これで一定以上の戦いが出来なかったら、それまでだと考えていた。
だが、ファルシアは予想を遥かに超えていた。
もしも真剣でのやり取りだったなら――そう考えるだけで、恐ろしい。
「以後、何か戦闘技術で何か悩みがあれば、ファルシアも相談に乗ってくれることだろう。皆、遠慮せず聞くように。戦場において、年齢なんて関係ない。必要なのは、強いかどうかだからな」
そう締めくくり、模擬戦が終了した。
隊員たちが元の持ち場へ帰っていく。
ファルシアはネヴィアと一緒に、それを見届けていた。
「疲れたか?」
「い……いいえ。あの、ありがとうございました。と、とっても強かったです」
「仮にも騎士団長だからな。とは言え、まさか引き分けるとは思わなかった」
「……勝ちたかったです」
「闘志は本物、ということか」
ネヴィアはファルシアの履いている『靴』を指さした。
「もしも実戦だったら、そこに仕込んでいる武器も使っていたのかな?」
「な、何で知っているんですか?」
「先輩の籠手と同様の、微弱な魔力を感じたんだ。だから、もしやと思ってな」
「お母さんが『騎士たる者、剣が無いなら、代わりの武器を用意しておくものよ』って、くれたんです。これ、私の誕生日プレゼントなんです」
「先輩らしいと言うかなんというか……。確かに、先輩は例え剣が折れても、特注の籠手だけで戦っていたことがあったな」
“雷神マリィ”の籠手はファルシア同様の特注品だった。
微弱な魔力を流すことで、手の甲部分から刀身がせり出すのだ。彼女は剣と籠手を使い分け、戦場を駆け抜けていた。
ネヴィアはどこか懐かしむような表情を浮かべる。
「……感慨深いものだよ。先輩の娘とこうして国のために働けるとはな」
「わ、私も、お母さんのことを知っている人と働くことが出来て、嬉しいです……!」
「面と向かってそう言われると、なんだか気恥ずかしいな。……さて、動いたらお腹が減ったな。私は軽食をつまみに行くが、君も来ないか?」
「え、ええと、良いんですか?」
「あぁ、ぜひとも一緒に食べよう。戦った君と私の仲だ」
「えへへ。じゃ、じゃあぜひとも――」
「ふぅ~ん。私も、ぜひともご一緒させてもらいたいわね」
二人が振り向くと、そこには王女クラリスがいた。
彼女は明らかに不機嫌そうな表情だった。




