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第34話 これから知っていけば良いのさ

 ネヴィアが去った後の部屋は空気が重かった。

 ファルシアはクラリスに縋り付いていた。


「く、クラリスさん……私、もしかして大勢の前で戦わないといけないん、ですか?」


「全部隊の合同訓練といえば、そうね。諦めなさい」


「……今日から私、外で寝ます」


「認めるわけないでしょ。諦めてネヴィアと戦いなさい」


「どうしていきなり騎士団長さんと戦うことに……」


 クラリスはネヴィアの思惑について、察しがついていた。

 ファルシアの近衛騎士としての素質に、疑問を抱く者は多い。

 いくら口で説明して納得させるにも限界がある。


 だから、彼女は自ら相手を務めることによって、ファルシアの力を手っ取り早く見せたいのだ。

 騎士団長とある程度の戦うことができれば、もう疑問を抱く者はいないだろう。


 クラリスはファルシアをじっと見る。彼女はお腹を押さえ、目を潤ませていた。

 加虐心を刺激する表情だった。このまま言葉で虐めれば、もっといい表情をするだろう。

 そんな考えを一旦、脇に置く。


(全てを話せば、ファルシアも安心するんだろうけどね)


 それを知ったファルシアが勝負の時に、安心してしまうのではないか。問題はそこである。

 推測が正解ならば、ファルシアは何も知らずにいた方が良い。

 クラリスは今回ばかりは、心を鬼にする事とした。


「何も考えず、ネヴィアと戦いなさい。騎士団長と戦えるなんて光栄なことなのよ? もっと楽しそうにしなさい」


「騎士団長さんとは、二人きりで戦いたかったです……」


「贅沢言わない。というか戦う分には構わないのね」


「は……はい。むしろそこは楽しみにしてます。……騎士団長さんは、とても強い気配があるので」


「戦闘よりも、人の目が気になるってところか」


「そうなんです……。緊張しちゃいます」


「目を閉じて戦えば?」


「! そ、そうですねっ。クラリスさん、頭良いです……!」


 咄嗟にクラリスはファルシアへチョップした。

 まさか非現実的な提案に対して、そんなに嬉しそうな笑顔をされるとは思わなかったからだ。


「冗談に決まってるでしょお馬鹿。本当にやるつもりだったの?」


「小さい時、目隠しを付けてお母さんと戦ったことがあるので、たぶん大丈夫です……」


「……前から思ってたけどあんた、お母様とどんな訓練してたのよ」


 様々な状況を想定しての訓練なのは理解できる。

 理解できないのは、幼少からそのような過酷な訓練をつけていることだ。

 少し間違えれば、致命的な事故に繋がる訓練が多い。


「えと……立派な騎士になるための訓練、です」


「訓練……訓練か。そう思えるのなら、そうなのかもね」


「はい。とにかく明後日は何とか周囲を気にせず、戦ってみようと思います」


「よろしい。全力でやりなさい。ネヴィアをぶっ飛ばせなきゃ、近衛騎士じゃないわよ」


「が、頑張ります……!」



 ◆ ◆ ◆



 そして、とうとう試練の日がやってきた。

 全部隊合同訓練は、城の敷地にある野外訓練場で行われる。

 騎士に求められる条件は色々あるが、一番分かりやすく、重要なものは『武力』。

 そこに部隊は関係ない。一人ひとりが一騎当千の強者であるという認識が必要なのだ。

 練度を平均化していくため、こうして月に一度、全部隊合同の訓練が行われる。


「剣を振る時は、その動作を確実に行おうとする意識が重要だ。どんなコンディションでも確実に、正確に剣を振れるようになれ」


 隊員が等間隔に並び、木剣を振っている。ただの素振りではない。彼らは、代々受け継がれてきたサインズ王国騎士団の剣術を復習しているのだ。

 型に美しさはなく、ただ無骨に、ひたすらに実戦を想定した動きである。

 彼らの訓練を見守るのは騎士団長ネヴィア。

 彼女は常に歩き回り、型に乱れのある者がいないか、チェックしていた。


「えと……き、騎士団長さん」


「どうしたファルシア?」


「そ、その、何で私は訓練に参加しなくても良いんですか?」


 ファルシアはネヴィアの後ろを歩いていた。

 剣を振るのが好きなファルシアは、訓練に参加できると思っていた。

 しかし、ネヴィアからまさかの見学を言い渡されてしまったのだ。


「君の剣は先輩――“雷神マリィ”から教わったものだ。既に完成されているものを、壊したくない」


「わっ、分かりました。それにしても……」


 ファルシアは剣を振っている者たちを見て、母親を思い浮かべた。


「お母さんもこうやって訓練してたのかなって考えるとその、変な感じです」


 ネヴィアはクスクスと笑った。当時のマリィーエアの言動を思い出してしまったからだ。


「私、もしかして何か変なことを……!?」


「いいや。そうではない。実は、先輩はあまり訓練に参加していなかったんだ」


「ええっ!? な、何でですか!?」


 ファルシアにとって、母親は理想の騎士像であり、目標。

 そんな対象が、まさかの行動を取っていた。この事実はファルシアにショックを与えた。


「すまない。言葉が足りなかったな。正確に言うと、先輩は何回か訓練をしただけで、サインズ王国騎士団の剣術を完全習得してしまったんだ」


 ネヴィアは続ける。


「そして先輩はあろうことに、『あまりしっくりこない』と言って、自己流のアレンジを加えた」


 破天荒が過ぎる。ファルシアは今の話で、母親のイメージがぐにゃりと歪んでしまった。

 ネヴィアは、ファルシアが今使っている剣術について、こう語る。

 母マリィーエアから教わった剣術は、サインズ王国騎士団の剣に加え、マリィーエア独自のアレンジが入っていること。彼女は良く、足を用いた攻撃も行っていたので、騎士らしくない技も豊富であること。だからこそ、勝ち方ではなく、勝ちそのものに拘った剣術になっていることを。


「知らないこと、ばかりです」


「これから知っていけば良いのさ。私もその日まで、可能な限り手助けをさせてもらうよ。さて――」


 ネヴィアは隊員の前に立ち、こう言い放つ。


「そろそろ私と、新たにクラリス王女殿下の近衛騎士となったファルシアとの模擬戦を始める」


 とうとうこの時が来た。

 ファルシアは無意識に握りこぶしを作っていた。

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