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第33話 しっかりしなさいよネヴィア

「もう! ほんと馬鹿! 信じらんない!」


 すっかりへそを曲げてしまったクラリス。

 怒ることに疲れたのか、彼女はベッドに潜り込んでいた。

 ここから機嫌を取るのは中々に至難の業である。しかし、そんな甘っちょろいことは言えない。

 元々自分が蒔いた種だ。ならば、しっかりと責任を取るのが筋だろう。


「冗談が過ぎました。謝罪させてくださいクラリス王女」


「……どこまでが冗談よ」


「だいぶ最初からです。王女からファルシアの仕事ぶりを聞いた以降は、もう完全に悪ノリになっていました」


「仮にも一国の王女相手に、良くそんなことが言えるもんね。あんただったから良いけど、もし相手が違ってたら斬首よ斬首」


「それは日頃の行いが良かったと、自分を褒めてあげたいところですね」


「はぁ……昔からの付き合いとは言え、あんたは本当にもう……」


「そう疲れないでください。日々の騎士団長業務の中で許された、唯一の憩いの時間なのですから」


 ベッドから顔だけ出していたクラリスは、ふんと鼻を鳴らす。

 ネヴィアにとって『憩いの時間』、というカテゴリーならば一人だけいるのだ。ネヴィアが何の気兼ねもなく、会話をすることの出来る相手が。


「イグドラシルはどうしたのよイグドラシルは。あいつ、あんたのこと大好きでしょ」


「私は一切気を許した覚えはないですがね」


「確か幼なじみなんでしょ? 良いの? そんなこと言ったら、イグドラシル泣くんじゃない?」


 ネヴィアはなんとなく想像してみた。

 自分が冷たくしただけで、涙を流すイグドラシルの姿を。

 細かく想像すればするほど、鬱陶しい。


「それは些か鬱陶しいですね。……酒の量を抑えてくれるのならば、私ももう少し奴と向き合おうとは思っていますが」


「決着つけたいの間違いじゃないの?」


「確かに私と彼女は、今のところ引き分けです。しかし、私が勝つ試合のほとんどは、奴が二日酔いを超えた三日酔いの時だけです。それだけで、どちらが上か分かりませんか?」


「いいえ、分からないわね」


 クラリスは断言した。

 実力がある程度高い者同士の勝負について、彼女は何の知識も持ち合わせていない。

 だが、彼女は彼女のポジションでの回答を投げつけた。


「私はネヴィアも、そしてイグドラシルも、そんなつまらないことで差がつくなんて思わない。要は、あんたが勝ちたいと思っているかどうかよ」


 クラリスの投げかける言葉はいつもシンプルだ。

 故に、ネヴィアには非常に良く刺さってしまった。


「負けないという気持ちがある限り、永遠に勝敗なんてつかないと思うわ。あんたがもうギブアップって言うなら、話は別だけどね」


 彼女の言葉はいつも『強い』。何の飾り付けもしていない、彼女の心が伝わるからだ。

 ネヴィアは何となく、騎士団長の命を受けた日を思い出す。


「しっかりしなさいよネヴィア。あんたは私とこの国を守る騎士団長なんだから」


 ――しっかりしなさいねゔぃあ。あんたはわたしとこのくにをまもるきしだんちょうなのよ!


 あの日、ネヴィアは騎士団長の使命を成し遂げる事ができるか、迷った。

 しかし、国王の近くにいた幼きクラリス王女は、ネヴィアを軽く叩いた。

 小さな手、力はか弱い。しかし、あの時のクラリスは誰よりも強く、気高く自分にそう言ってみせたのだ。


 気づけば、ネヴィアは幼きクラリスに跪き、最敬礼を行っていた。

 騎士団長ネヴィア誕生の瞬間だった。


(……ふっ、やはりクラリス王女は相変わらず、クラリス王女ということか)


 今も昔も、クラリスは変わらない。

 いや、それは少し正確ではない。



「クラリスさ~ん! 戻りましたぁ……」



 健気にも遠くからクラリスを呼ぶ声がした。

 近衛騎士ファルシア・フリーヒティヒである。

 彼女が、クラリスを変えてくれたのだ。


「おっ遅くなってごめんなさい、鶏の唐揚げ買ってきました……」


 ファルシアはいつも下を向いている。人の目が気になってしまうがゆえの悪癖。

 彼女は少しの間の後、ようやく騎士団長ネヴィアに気づいた。


「ききっきき……騎士団長さん!?」


「やぁファルシア。今日はクラリス王女のお使いだったのだな」


「は……はい。その、クラリスさんがどうしても食べたいって」


「あんた、ペラペラ喋りすぎよ。まるでワガママ言っているみたいじゃないの」


「……自覚がないのが、ある意味クラリス王女らしいというか」


 ネヴィアは聞こえないようにボソリと呟いた。

 強い意志を持つ者故の発言なのだろう。そこに対して、(たしな)めるつもりはなかった。


「ファルシア、あんた狼狽(うろた)えすぎよ。それよりも、それ買いに行くだけなのに、どれだけ時間かかったのよ」


「えっとですね……ど、どこから説明したら良いか」


 たどたどしく、たまに言葉に詰まりながら、ファルシアは事の経緯を説明した。

 すると、クラリスは呆れ、ネヴィアは手で顔を覆った。


「人の話をすれば、その者がやってくる。……先人たちの言葉には学ぶべきところが多いな」


「どうするのネヴィア?」


「どうするもこうするもありません。騎士団長として注意をしておきます」


「きっちりシメておきなさいよ」


「クラリス王女、その言葉遣いはあまり感心しませんね。とはいえ、奴にはしっかりと立場を分からせます」


 早速、イグドラシルと話をするため、部屋を出ようとするネヴィア。しかし、ふいに扉の前で立ち止まった。


「立場を分からせる、と言えば――」


「うん? 何よ」


「ファルシア」


「ひゃ、ひゃい!」



「明後日、月に一度の全部隊合同訓練がある。そこで、私と模擬戦をして欲しい」



 ネヴィアが言い放った言葉の威力は重い。

 ファルシアは思わず、腹部を押さえてしまった。急に降り掛かったストレスで、彼女の胃が痛み始めたのだ。

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