第30話 それは興味深いですね
「表に出なさい」
イグドラシルに引き連れられ、男たちは店外へ出た。
「え、えっと、追いかけなくて良いんですか?」
「大丈夫だよ。それよりもこの後が……な」
男たち全員が同意したように頷く。今、彼らの頭の中には、一人の女性の姿が浮かんでいた。
彼女は第一部隊の鋼鉄の女。規律を遵守し、規律を愛する女。
そんな彼女に今の現状がバレたら、確実に怒られる。
男たちは祈った。
――バレませんように。
「さてと、いつでもいいよ」
ファルシアは鞘に入ったままの剣を握り、外に出た。危険そうなら加勢するつもりだった。
イグドラシルを前に、武装した男たちが並ぶ。一対多数の構図。
彼女は鼻歌を歌いながら、鞘に入ったままの剣を掴んでいた。
「一応殺さないようにするけど、重傷以下は覚悟してもらうよ」
「そりゃありがとうよ!」
眼帯の男が剣を持ち、一歩前へ踏み出した。
剣を大きく振り下ろすつもりだった。しかし、それが遂行されることはなかった。
「――」
ファルシアの鍛え抜かれた眼は、その一連の『攻防』をはっきりと視た。
イグドラシルの剣は、男が足を前に出したのと同時に振るわれた。『後の先』。視てから、攻撃行動を潰してみせたのだ。
その観察眼もさることながら、驚くべきはその抜剣速度。
(お姉さん、さっきまで剣が鞘に収まったままだったのに……!)
その抜剣は、ファルシアの眼をもってしても確認できなかった。
神速の抜剣。あれはそのへんの戦士が対応するのは難しいだろう。
「まず一人目。んじゃ次」
顔に傷が入った男が槍を構え直す。今のやり取りを見て、心が折れなかったのは大したものだろう。
「くたばれぁ!」
男は槍を突き出した。剣よりもリーチがある長柄。これに対し、イグドラシルはいかに対応してみせるのか。
結論から言おう。イグドラシルへ槍が届くことはなかった。
男は槍を落としていた。穂先に近い側の手から出血している。あと少し刃がズレていたら、指の何本かは飛んでいただろう。
槍で突かれるよりも速く、イグドラシルは迎撃してみせたのだ。
ファルシアは胸が熱くなるのを感じた。
次元が違いすぎる。これほどの感動を覚えたのは、母親以来。
彼女は、イグドラシル・クレイヴァースの剣技に魅了されてしまった。
そこからのイグドラシルは圧倒的だった。
襲いかかってくる敵を全て、斬り伏せてみせた。
そして、とうとう最後の一人。
「こ、この野郎……!」
「はい、隙だらけー」
最後の男の腹へ、イグドラシルの足がめり込む。片足を前に突き出した。いわゆる、前蹴りだ。
剣だけに頼らないこの柔軟さ。ファルシアは彼女の立ち回り全てに目が奪われていた。
「はい私の勝ちー。これに懲りたら、もう二度と私の前に現れないでね」
イグドラシルは眼帯の男へ近づき、こう言った。
しかし、まだ諦めきれない眼帯の男は声をあげようとする。イグドラシルはそんな男の顔を掴んだ。
「――今度現れたら、手加減出来ないかもだから、ほんと頼むね? 死にたくないでしょ?」
実力差を明確に示した上での脅しは、よく響いたようだ。
彼らは無言で去っていく。目を見る限り、ごっそりと戦意が削がれているようだった。もう二度と現れることはないだろう。
ファルシアは何となく、そう思った。
「ったぁ~! 疲れた! 飲む!」
イグドラシルは店の中に戻ろうとする。だが、その前に自分を見守ってくれていたファルシアに気づいた。
「あはは。ありがとうねファルちゃん。心配かけさせたね~」
ファルシアは震えていた。
それに気づいたイグドラシルは一瞬、声をかけるのを躊躇った。
怖がらせてしまったのだと思った。酔ってはいるわ、一方的な弱い者いじめをしてしまったわで、安心させる要素など何もなかった。
彼女はこれで良いのだと思った。酒場での出会いは一期一会。だから、今後は最低限の会話のみで――。
「す、すごかった、です。すごく正確で、速い剣、でした……!」
「……え、怖くなかったの?」
「? えと……特には。どちらかというと……」
「言うと?」
「綺麗な剣を振るえる人なんだなって」
剣の道にいるファルシアだからこそ、正確に力量差が分かる。
彼女は心からの賛辞を送った。
イグドラシルは目を丸くする。まさかの返答に、リアクションの用意ができなかった。
そんなことを言われたのは初めてだった。
「そ、そう? そっか~あはは! そうやって面と向かって言われると照れちゃうな~。あーあっつくなってきた」
酒で火照っているのもあるが、彼女の言葉に身体を熱くさせるイグドラシル。彼女は胸元をパタパタとさせた。
「なんか良い気分だから、このまま別の場所で飲み直そうっかな~」
この思い出を肴に、ビールを飲む。
これほどの幸せがあるだろうか。いや、ない。
「え、と……飲みすぎじゃないんですか?」
「飲み過ぎ~? 大丈夫大丈夫~! 私の飲み伝説はこれからだよ~!」
「それは興味深いですね。ぜひともその伝説を見届けたいものです。――イグドラシル隊長」
イグドラシルの背後に、ユウリ・ロッキーウェイが立っていた。
彼女の登場に、イグドラシルはじめとする同席していた騎士団員は硬直する。そればかりか皆、青ざめた顔に変わっていた。




