第28話 鶏の唐揚げが食べたい
「うわぁ……やっぱり王都って大きいよなぁ」
ファルシアは今、王都にいた。近衛騎士は基本的に王女に付きっきり。しかし、こうして外に出ているのには理由がある。
――酒場で出してる鶏の唐揚げが食べたい。
クラリスは昼食を食べた後、お腹を擦りながらそう言った。
城の食事で十分ではないか。勇敢にもファルシアは誰もが思うことを口にした。
すると、彼女は不機嫌になった。この一連の流れはもはや台本にでも書いてあるかのような流れである。
城の食事は上品すぎる。質の良い食材、腕の良いシェフ。確かな技術から生み出された食事は、まさに天からの恵み。
とはいえ、たまにはそんな栄養など無視した食べ物を口にしたい。
贅沢がすぎる話だとは思う。たまにクラリスはこんなことも口にしていた。
――あんたは城の食堂でそういう物食べられるから良いわよね。
身分が違いすぎるからですよ、とは言えなかったファルシア。
彼女はいつも、城内の食堂で食事をとっていた。食堂では、屈強な兵士たち向けに、安くて量があって美味い食事を提供してくれる。
そこでお腹いっぱいご飯を食べることが、ファルシアにとってささやかな楽しみであった。
それならばクラリスも食堂を利用すれば良いのでは、と思う者もいるだろう。
当然、クラリスもそうした。
しかし、王女の身分でそれは許されなかったらしい。
すぐに侍女が飛んできて、強制的に部屋へ連れ戻されたらしい。
ファルシアに政治や王族の立ち回りは分からない。
だからこうして、ファルシアは少しでもクラリスの願いを叶えるべく、王都へやってきた。
「えと、確かクラリスさんの指定した酒場はこの辺……?」
クラリスから渡された簡単な地図を確認する。
線と点、方角だけの簡素なものだったが、非常に分かりやすかった。
彼女の中で疑問が浮かんだ。
「あれ? 何でクラリスさん、こんなに分かりやすい地図を書けたんだろ?」
要点を押さえた書き方。
まるで、『実際に行ったかのような』書き方だ。
そうなってくると、彼女の頭には一つの可能性が浮上する。
(まっまさか……抜け出してる、なんてことはないよね。あはは……)
大正解である。
クラリスは城の料理に満足できないとき、こっそり抜け出し、酒場の料理を食べに来ているのだ。
そういった『お忍び』の経験が活きた結果、この分かりやすい地図が生まれたのである。
そうとも知らないファルシアは『王女だからだよね!』と深く考えない方向で整理をつけた。
しばらく歩いていると、とうとうお目当てのものが見つかる。
「こ、ここが酒場……!」
およそ酒場とは縁のない生活を送っていたので、少しだけワクワクしているファルシア。
荒くれ者たちの集会場、未知を求める冒険者たちの憩いの場――それが、酒場……らしい。
知らない世界への扉を、開いた。
言葉の波がファルシアに襲いかかる。
広いスペースにこれでもかとひしめく人たち。
各種テーブルに乗せられている料理、酒。そして様々な話題が、一つの空間に飛び交っていた。
ただでさえ内気で気弱なファルシアが、その空間に飛び込むことは危険がすぎる。飢えた獣たちの中に餌を放り込むようなものだろう。
「こ、こんにちは……」
「だぁぁぁぁから言ってんでしょうが! 酒は酒で割るのが至高だってぇ!」
「ぴぇっ」
女性と思わしき怒声が店の奥から響いた。
それに対し、同席していた男たちは困ったように叫んだ。
「ふ、普通に飲みましょう! これ以上はいけない! これで騒ぎでも起こそうもんなら、また怒られますよ!」
「怒られるくらいで、酒を飲むのを止める奴はいないっての! ほら君たちの分も奢ってあげるから飲め飲めー!」
「勘弁してくださいよぉ!」
男たちは皆、泣きそうになっていた。
その中心で、女性はなみなみと酒が入ったジョッキをグイと傾けた。
「っか~! 生を感じるねぇ! このまま夜までコースだァ~!」
「ちょっ! その一杯で帰るって言ったじゃないですか~!」
全方位が騒がしい。だけど、ファルシアは奥の団体の会話が妙に耳に入ってくる。
そもそもの話なのだが、彼女たちが身につけている『服』。それはどう見ても、サインズ王国騎士団のものだった。
「ん? お~い! そこの見慣れない君~! どったの~!? 迷子~!? とりあえずおいで~!」
「ひ、ひぃ!? 行きます!」
ファルシアは自分じゃないことを期待した。しかし、ジョッキを片手にした女性はまっすぐ自分を見つめていた。
――ダッシュで帰りたい。帰りたい。帰りたい。
だが、ファルシアは近づいた。そこで断ることが出来ないのが、ファルシアの長所であり、短所である。
もはや逃げることは許されない。
涙目でその集団へ近づくと、女性はおもむろに立ち上がる。
(なっ殴られる!?)
女性はファルシアよりも身長が高かった。そして、胸がとても大きい。そのスタイルの良さに、ファルシアは一瞬、目を奪われた。
逃走する最後のチャンスはここしかなかった。ここで回れ右をして、鶏の唐揚げを注文できていたならば。
ファルシアは何事もなく、クラリスの指令を完遂できただろう。
しかし、女性は謎の引力を持っていたため、逃げることは出来なかった。
「いやぁ~! 君、かわい~! 一緒にお酒飲まないー?」
女性はファルシアに抱きつくばかりか、頬ずりまでしていたッ!




