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第27話 か、勘違いしないでよね

 真っ白な世界。ファルシアは一人で歩いていた。不安な気持ちはない。むしろ楽しい。

 適当に歩いたら立ち止まり、彼女は腰から剣を抜く。

 呼吸を整え、大上段から振り下ろす。そのまま下から上へ切り上げる。左から右へ薙ぎ、そのままの勢いで片手突き。

 ここがどこなのか分からないが、ファルシアにとっては至福の時間。

 剣は、彼女の娯楽の時間でもあったのだ。


「えへへへ……ここ、良いなぁ。ずっと剣を振れる」


 時間の概念は彼女の中にない。願わくば、ずっと剣を振り続けていたい。

 ずっと剣を振っていた彼女はふと、動きを止める。


 ――シア。


「あれ? 私、何か大事なことを忘れているような……?」


 大事な使命が、何かあったような気がする。

 それは約束とも言えるし、近いとも言える。戻らなければならないはずだ。


 ――きなさい。


「うん、剣を振ろう。剣を振ることが今一番の最善だよねっ」


 呼吸を整え、再び剣を構える。そして彼女は剣の世界へ没頭する。



 ――ファルシア、いい加減起きろ!



 真っ白な世界に、巨大なクラリスの顔が現れた。


「うわああ!」


 ファルシアは跳ね上がるように起きた。寝ぼけ眼で、周囲を見る。

 ふわふわの枕とベッドの上にいた。あまりにも質が良かったからか、体の疲れが完全に取れていた。

 その過程で目に入ってしまった。クラリスが腰に手をあて、見下ろしているのを。


「おはよう」


「お、おはよう、ございますっ」


「ようやく目覚めたのね」


「ど、どどどれくらい気を失ってたんですか? 一時間……?」


「一日よ!」


「い、一日!?」


 突きつけられたカレンダーを見ると、確かに一日経過していた。

 混乱するファルシアは説明を求めた。


「そうね。それは当然話すけど」


「けど……何でしょうか?」


「あんた、寝言とはいえ、近衛騎士の使命を放棄しようとするなんていい度胸ね」


「……ね、寝言とは……?」


 するとクラリスは少しファルシアの物真似を交え、その『寝言』を再現する。

 出てくる言葉はすべて、ファルシアが『夢の世界』で喋っていた内容だった。


「あ、あわわわわわ……!」


「貴方は立派な騎士ね。私よりも剣を選べる立派な騎士よ」


「すっすいません……つい、時間を気にせず剣を振れるのが嬉しすぎて……!」


「何で、言い訳すら出て来ないのよ、この剣馬鹿っ!」


 ファルシアの頭にチョップが振り下ろされた。スパコーン、と小気味のいい音が鳴り響く。


「『私はクラリスさんの近衛騎士です』、はい復唱」


「わ、私はクラリスさんの近衛騎士です」


「よろしい。二度と忘れないように」


「きっ肝に命じますっ」


「さて、気晴らしも済んだし、あの後何があったか説明するわね」


 ――気晴らしだったのか。

 抗議したい気持ちもあったが、それを口にすればまた長くなる。そう思い、ファルシアは口を閉ざした。


「『夜明けの道』――テロリストたちのことだけど、全員捕獲したわ」


 詳しい話を聞く必要があったので、首謀者ケイロー以下構成員は全員、確保。現在事情聴取をしている最中だった。

 都市中に仕掛けられた遠隔式の爆破魔法具は全て無力化に成功。騎士団の魔法士たちが総出で不可解な魔力の発生源を捜索した結果である。

 そして、ビイソルド祭は無事終えることが出来た。


「よ、良かった……です」


「そうね。それもあんたのおかげよ」


「わっ私ですか!?」


 突然の言葉に慌てふためくファルシア。

 クラリスは鼻を鳴らす。


「当たり前でしょ。私をしっかりと守りきったばかりか、単独でケイローを制圧したもの」


「私は……守れたんですね」


「ええ、そうよ。誇りなさい。初任務は完璧よ」


 あっという間に、ファルシアの目から涙が溢れた。

 止めようとしても、止められない。これは嬉しい涙だった。

 自分でも何かをすることが出来た。剣を振ることしか出来ない自分でも、立派に成し遂げられた。

 そう思えば、涙なんて止まるわけがない。

 

 それを見て、口を開けては閉じるクラリス。何とも言えない表情を浮かべた後、彼女はハンカチを差し出した。


「使いなさい。私のベッドが涙で濡れたらどう責任取るつもりなのよ」


「え、これ……クラリスさんの」


 そこでようやくファルシアは気づいた。この豪華で、質の高いベッドはクラリスのものであるということを。

 咄嗟に謝罪の言葉を口にする。


「ご……ごめんなさい! すぐにどきます!」


「今更よ。ったく、今回だけなんだからね。感激しなさいよ? あのクラリス王女殿下のベッドで寝られるなんて、奇跡なんだから」


「ひゃ、ひゃい……」


 コンコン、と扉のノック音がした。


「サインズ王国第一部隊所属、ユウリ・ロッキーウェイです。入室の許可を」


「良いわよ。どうせ、駄目って言っても入ってくるでしょ?」


「ファルシア・フリーヒティヒの体調が気になりましたので」


 ユウリの視線はクラリスのベッドを使っているファルシアへ向けられる。


「あぁ、やはり王女の寝具になったのですね」


「? ど、どういうことですか?」


 そこでクラリスはハッとした表情を浮かべた。ここから先の話は絶対に聞かせられない。

 急いでユウリの元へ駆け寄った。


「ユウリ、あんた分かってるでしょうね!?」


 すると、彼女は真顔でこう言った。



「ファルシア・フリーヒティヒが倒れた時、『大切な近衛騎士なんだから、良い寝具で休ませて』と指示を出したんです。すぐに自分の寝具を提供する高潔さには胸を打たれましたよ」



 クラリスの顔は真っ赤になった。顔どころか、全身が真っ赤になった。

 絶対にファルシアへ聞かせられない話をペラペラ喋るユウリに殺意を抱く。同時に、ここから先のファルシアの反応が怖くて仕方ない。

 ゆっくりとファルシアの方を向いた。


「クラリスさん……やっぱり、クラリスさんは優しいですねっ」


「――! か、勘違いしないでよね。あんたは私の命綱なのよ。命綱のメンテナンスは義務よ義務! だからあんたは――って、何でニヤニヤしてるのよ!」


「い、いえ。すごく嬉しかったので。優しくしてくれてありがとうございますっ」


「優しくなんてしてないんだけど!? あんたはこれから馬車馬のように働くんだから、さっさと全快しなさいよこの剣馬鹿!」


「主従の絆が深まったようで」


「ユウリ! あんたは斬首確定だから、そこで跪いて待っていなさい!」


 いつの間にかユウリは姿を消していた。

 流石は第一部隊のエリート。リスク管理を徹底した、完璧な立ち回りであった。


「あの……クラリスさん」


「何よもう!」


「お、お腹が空いたので、ご飯食べてきていいですか?」


 ファルシアのお腹からグーグーと音が鳴っていた。

 その空気の読めない食欲を目の当たりにし、クラリスは全てがどうでも良くなってしまった。


「はぁ……良いわ。今、持ってこさせるから。ここで食べていきなさい」


「良いんですか?」


「えぇ、良いわよ。その代わり、食事が終わったら、昨日から溜まってる私の愚痴を聞いてもらうから」


「な、長くなりそう……」


「うっさい。黙って聞きなさい」


 ファルシアの初任務は無事に成功した。

 しかし、これは始まりに過ぎない。

 これから彼女に降りかかる、大いなる試練の――。

第2章終了です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文字通り主従の絆が深まっているのが見てとれたことに加えて、待ち受けるという大いなる試練というもののせいでこれからの展開にわくわくが止まりません。個人的には主従の掛け合いが大好きです。 楽し…
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