第26話 そう、決めたんです
テロリストたちは皆、息を呑んだ。
誰も最大目標であるクラリスへ手が届かない。
彼女の前にいるファルシアが高い壁になっていたのだ。
「はぁ……はぁ……!」
ファルシアの身体は傷だらけだった。しかし、彼女の目はまだ死んでいない。
魔力による肉体活性化は身体能力向上や、傷の早期自然治癒を促す。そのため、普通ならば既に倒れているような状態でも、立ち続けることが出来る。
一対多数は彼女の得意とするところ。しかし、誰かを守りながらという条件がこれほどまでに重いとは思わなかった。
「ファルシア! あんた、傷だらけよ!」
「これくらいなら全然大丈夫です」
――修行が足りない。お母さんならもっと沢山の人を相手に出来た。
ファルシアは一度大きく深呼吸する。その時、鉄の味がした。
気づかぬうちに口の中を切っていたようだ。唾とともに血を吐き出した。
「ちっ。時間がねえ。お前ら、相手してろ。俺は準備が整い次第、起爆スイッチを押す!」
ケイローは奥へと消えていった。
口にしていた内容的に、このまま逃がせば取り返しのつかないことになる。
「待って!」
「行かせるかよ!」
ファルシアへ迫る二本の槍。彼女は的確に穂先を叩き、軌道を逸らす。
一瞬だけ隙が出来た。ファルシアは手近な男へ飛びかかる。神速の唐竹割り。振り下ろされた剣は槍の柄を破壊し、そのまま男の身体を切り裂く。
近くにいたもう一人がその光景を見て怯んだ。
彼女は剣の柄頭で男のみぞおちを殴った。そのまま武器を持っている腕目掛けて剣を振るう。
「ば、化け物……!」
テロリストたちは後ずさる。
力量差は明白。後はどちらかの体力か戦意がなくなるまでの勝負となる。
ファルシアは剣を構え直す。その構えは一切のブレがなく、体力の低下はまるで感じられない。
「通してください。私は、その奥へ行かなければならないんです」
「だ、誰が通すかよ。ここは死守する」
「分かりました。ならば斬ります」
その言葉に、テロリストたちはびくりと体を震わせる。
ハイライトが消失している状態のファルシアは非情である。これは脅しではなく、本気。
血の雨が降るかと思われたその直前――!
「動くな。サインズ王国軍だ」
ユウリが扉を蹴破って入室した。
直後、彼女の背後から何人もの武装した人間が入室を始める。彼ら、彼女らはサインズ王国軍第三部隊である。
その中にはマルーシャ・ヴェンセノンも混じっていた。
「全員、武器を捨てて跪け。外は第一部隊が包囲している逃げられると思うな」
ユウリは的確に指示を出し、テロリストたちを捕縛していく。
安全を確保できたクラリスは声を上げる。
「ファルシア」
「分かってます」
ファルシアは脇目も振らず、建物の奥へと急いだ。
一本道。奥には『倉庫』と書かれた扉がある。隠れる場所もないので、ケイローは奥にいることを確信した。
ファルシアはユウリのように、扉を蹴破った。
「ちっ。早いな」
倉庫の中央に、筒状の物体が立っていた。材質は鉄。高さは約百八十センチ。ケイローより少し高いくらい。
物体の頂点には大きな魔石が埋め込まれていた。魔石を中心にまるで血管のように魔力回路が張り巡らされていた。
「騎士団が来ました。もう止めましょう」
「設置は既に完了した。後はこの起爆装置へ魔力を注ぎ込むだけで、この都市は終わりだ」
そう言いながら、ケイローは剣を抜く。
「魔力を注ぐには少し時間がかかる。その間にお前は俺に斬りかかるだろう」
「戦うんですね」
「そういうことだ! さっさとお前を殺して、俺は目的を遂げる!」
ケイローとファルシアの剣がぶつかり合う。
重い、そして太刀筋が良い。努力が垣間見えた。
「俺は興行都市ヴァーサの闘技大会で準優勝をしたことがある! その辺のガキに負けるかよ!」
ケイローの発言には裏打ちされた実力があった。
彼は油断なく剣を振り回す。ファルシアは嵐のような猛攻を冷静に捌いていく。
これくらいの攻撃ならば、既に幼少時から経験している。しっかりと眼で追えていた。
「この国を変えるんだよ! 邪魔をするな!」
「変えさせません。貴方を斬って止めます」
感情に身を任せた大ぶりの攻撃。視えていたファルシアは一歩踏み込んだ。攻撃は空を切る。
ファルシアとケイローの距離、ゼロ。すれ違いざまにファルシアは剣を横薙ぎに振るった。
「ぐっ……!」
胸へ横一文字の斬撃が入った。体勢が崩れるケイロー。
ファルシアは背後から剣を数度振るった。狙いは利き腕。彼女の剣は腕と肩の筋を正確に捉える。
ケイローは苦悶の声をあげながら、崩折れる。
「生命の代わりに、戦士としての生命をもらいました。二度と剣は握れません」
「俺が……こんなところで……!」
彼は起爆装置へ走り出そうとする。しかし、ファルシアはすぐに行動の意図を読み、左足を斬りつけた。
ケイローは地面に倒れ込む。これで彼は今度こそ無力化された。
「なぁ、あんたでも良い。あんたがあの起爆装置を動かしてくれ。そうすればこの国に混乱が訪れる! そうすれば俺は……!」
「私はこの国が好きです」
ファルシアは起爆装置へ近づく。
「そんな国を、いつかクラリスさんがもっと良い国にしてくれます。だから、私はその日までこの国とクラリスさんを守り抜く。そう、決めたんです」
魔力が剣を覆う。ファルシアは剣を振り上げた。
縦一閃。深い斬撃を打ち込まれた起爆装置。頂点部の魔石から光が失われた。
機能停止したと見ていいだろう。
「ファルシア!」
クラリスを先頭に、騎士団が雪崩込んできた。
無事なクラリスを見たファルシア。全身から力が抜けていくのを感じた。
(良かった、クラリスさんを守れた……)
緊張がなくなる。視界が急に真っ暗になる。
近衛騎士の役目を果たせたことに安堵し、ファルシアは意識を手放した。




