第23話 私は誰でも斬れます
「爆発物、ですか?」
それなりに付き合ってきたファルシアだからこそ、分かる。
今、クラリスは非常に不愉快な感情を抱いていた。
「この道は前も通りましたが、そのような話は少しも聞いたことが」
「それについては完全にこちらの不手際でございます……! 先程、発見されまして……。危険に晒していたこと、どうお詫び申し上げれば良いのか……」
「ふむ……」
立場上、何人もの人を見てきたクラリスだからこそ、すぐにそれが『嘘』だと分かった。
問題はその嘘をつく理由。常人ならば、王族を謀るような言動をとれば、不敬罪で捕まることくらい分かっている。
そのリスクを承知で、このようなことを言い放った『理由』は明白だろう。
「く、クラリスさん。危なかった、ですねっ。でも迂回路を案内してくれるなら一安心、ですね」
――この頭お花畑め。
クラリスは微笑みを崩さず、お馬鹿な近衛騎士へ毒を吐く。
「王女、時間がございません。すぐにでも案内をさせていただければ……」
時間をチラつかせることで考える余地を与えない。そして、最良と『思われる』選択肢のみを提示する。
人を騙そうとする人間の、典型的なやり口だ。
それを指摘するのは簡単。しかし、そうした瞬間、戦闘が始まるだろう。
「分かりました。それでは案内をお願いします」
「それでは御者を変わります故、しばしお待ちを」
御者を変わった男は、すぐにでも馬車を走らせようとした。
そこをクラリスが止める。
「今まで走ってくださった御者にお礼を言いたいのですが、よろしいでしょうか? それくらいの時間はあると思いますが……」
「……それでは少しだけ待っていますね」
御者に礼を言うだけならば、と男は了承した。
馬車を降りるクラリス。ファルシアも降りようとしたら、手で制されてしまった。
クラリスは御者へ耳打ちをし、何かを喋ると、深々と頭を下げた。
御者が歩き去っていくのを見届けた後、クラリスは再び馬車へ乗り込んだ。
「あ、あの、クラリスさん、今のは何を……?」
「後で分かるわよ」
そうして新しく御者となった男は馬車を動かす。
揺られる馬車。手綱を握りしめる男の口元はつり上がっていた。
「ファルシア」
「は、はい。何でしょうか?」
「あんたって人を斬る覚悟はある?」
「あります」
「……そこは淀みなく喋れるのね。怪我は怖くないの?」
「お母さんとよく、真剣で斬り合いをして、ました。斬られるのは痛いです、斬るのも痛かったです……」
ファルシアは母との修行を思い出す。
傷が出来ない日なんて一切なかった。ファルシアは必ず血まみれになっていた。対する母親も、だ。
「いつも私と、お母さんは血まみれで……」
「母親を斬る……か。私にはとても分からない精神構造ね。修行とはいえ、狂ってるとしか思えないわ」
「だから、なんだと思います」
「……何が?」
ファルシアはいつの間にか握りこぶしを作り、目を輝かせ、こう言った。
「お母さんを斬れるんだから、私は誰でも斬れます。実際、村に盗賊が来た時は、返り討ちに出来ましたし」
クラリスは時々ファルシアが怖く見える。
この割り切り方は尋常ではない。あの効率を求める女ユウリですら、もう少し葛藤の込められた返事が来るだろう。
「だから任せてくださいクラリスさん。私は絶対クラリスさんを、守ってみせますっ」
ガッツポーズとともに、ファルシアは決意を述べた。
クラリスは何だか犬のように視えてしまった。本来存在しないはずの尻尾が視える。あぁ、犬のようにブンブンしている。
「そう、じゃあ精々この後頑張ってね。ただ、やりすぎない範囲で」
「え、それってどういう意味、ですか?」
「言ったはずよ。後で分かるってね」
馬車はだんだんと人気がない場所へ進んでいく。
ファルシアは時折窓から顔を出し、首を捻るだけ。
クラリスは特に動揺した様子もない。僅かに動揺しているファルシアを見て、楽しんでいた。
ようやく馬車が停止した。停車したのはボロボロの雑貨屋跡だった。
「到着しましたよ」
「え、でもここ違うんじゃ……」
ファルシアは疑問を投げかける。
次の瞬間、彼女は剣を握っていた。
馬車の出入り口前に、槍を持った男たちがいたのだ。
御者は腰から抜いた剣をちらつかせる。
「降りろ。ここからは我ら『夜明けの道』の指示に従ってもらおう」
「く、クラリスさん……!」
――私は戦えます。
クラリスは、ファルシアの意図を汲み取っていた。だが、彼女は片手で彼女を制する。
「指示に従うわよ。とりあえず今すぐ殺される訳じゃないみたいだしね」
「へっ、それがあんたの本来の話し方ってワケかい」
「どうでもいいでしょ。そんなこと、それより私とこの子はどこに連れて行かれるのかしら?」
「減らず口を叩きやがって。おら、お前ら何ぼーっとしてんだ。早くしろ」
そこからはあっという間だった。
二人は手錠で拘束されてしまった。ファルシアにいたっては愛剣を取り上げられてしまった。
連行される際、ファルシアは自分の足元を見た。正確には自分の靴だ。
(良かった、バレてない。これならまだ何とかなる、かも)
ファルシアの顔に諦めの色はない。むしろ、この状況に対し、やる気の火を灯していた。




