8
三十分ソファで休息を取ると、トムはすっかり元気になった。それでもなお、エリザベスは意気消沈していた。エマやベッキーが、誰にでも失敗はある、と繰り返し説得したことによって、少しだけ元気を取り戻した。
「トミー、ビデオメッセージを流しているから、誕生日プレゼントの用意お願い」
「ガッチャ」
好きなドラマに出てくる敬礼を真似して、トムは準備に取り掛かった。エマはビデオカメラをテレビに接続した。
「それじゃあ、パパ。次は友達からのビデオメッセージです」
「ええ、いつの間にそんなことを用意してくれていたの!」
「感動し過ぎて泣かないでね」
自信満々にエマは、カメラの再生ボタンを押す。テレビに映像が流れ始めた。
「ウィル、お誕生日おめでとう…」
「ダニエルじゃないか!あはは、あいつ、学生服着ているよ。あんな高校生居たら、先生もたまったもんじゃないね!」
ウィルは大喜びしている。エマとしては不本意だが、楽しんでくれているならば、いいか。
「ダニエル、エマにカンペを出してもらっているぞ!あはひゃー、あいつは高校の数学テストでも、パパに答えを見せてくれって頼んでいたんだ。その時答えのみならず、名前まで書き写してね、二人共居残りの罰を受けた。懐かしいな」
「つ、次は感動するはずよ」
エマは早送りボタンを押した。ロバート達のパートは、ダニエルの何倍も良かった。ウィルも旧友からのメッセージに、笑みを欠かさず、たまに目頭に指を当てて鑑賞していた。それを見て、エマは今日一日、自転車を漕ぎ回した甲斐があったと満足した。
「あたしはね、長いこと生きてきたのよ」
ロバート達からのメッセージが、突然切り替わる。あのおばあちゃんが画面一杯に出現した。ウィルは何事かと目をパチクリさせている。慌ててエマはビデオカメラを操作しようとするが、何故か正常に操作出来ない。
「最近の政府はひどい!国民を散々使いまわして、年寄りになったら、ぽいっと捨てるんだから。誰のお陰で、この国があると思っているんだい!それとね、文化センターで手芸教室に毎週通っているのね。家から遠過ぎて、不便ったらありゃしない。この街のバスを増やしておくれ」
どうにも仕方がないので、テレビの電源を切った。
「中々のサプライズね。感動して泣きそう」
ベッキーが茶化してくる。エリザベスとウィルは空笑いするしかなかった。
「レディースアンドジェントルメン。お待たせしました。プレゼントです」
場の空気に、唯一気が付いていないトムが快活な声で入場して来た。黒いシルクハット、黒スーツを身に纏う男の子は、スピーカーから流れてくる、陽気な音楽に合わせて、指パッチンしている。
「トミー、かっこいいじゃないか!」
ウィルは一人息子の晴れ姿に興奮している。
「パパ、驚くのはまだ早いよ。さあ、今から見せますのは、最先端技術を駆使して作られた、超便利な機械です。ご覧ください。配達君四号です!」
トムがコントローラーを取り出して、カチカチ動かすと、外の部屋から立派なドローンが入って来た。
「これは、非常に優れた機械です。連続稼働時間十二時間、五十キロメートル先まで、物を運べるのです!パパが自宅に何か忘れた時、会社までこれが届けてくれます」
「す、すごい」
「実際、見てもらった方が早いよね」
トムの操作に合わせて、ドローンが四本の鍵爪を開く。ガラスのコップを掴み、持ち上げると、エリザベスが心配そうに、ドローンの下に待機する。
「エリー姉ちゃん、落とすことないから大丈夫」
コップを持ったまま、すいすい室内を回ると、ウィルの手元にそれをゆっくり置いた。
「うわ、これ便利だね。パパ、忘れっぽいから助かるよ。ありがとう、トミー」
「まだまだこれからだよ」
褒められて、トムはすっかりいい気になっていた。得意げに配達君四号を動かして、ウィルの仕事鞄を持ち上げた。
「トミー、結構入っているから、やめといた方がいいと思うよ」
「何言っているのさ、パパ。これはすごいから信用してよ」
四号は最初ふらふらしていたが、見事に持ち上げている。
「おお、すごいな。トミー、もう十分だ」
「まだまだ」
自由自在にドローンは動き回っている。部屋に飾り付けられている、風船などを紙一重で躱していく。エリザベスはぶつかりそうになる度、目を手で覆った。
「分かった。このプレゼントは最高だ。トミー、もう十分だよ!」
「ふふふ、そうでしょ。喜んでもらえて良かった」
満面の笑みを浮かべて、停止ボタンを押す。それでも、止まらない。
「トミー!」
「停止ボタンを押しているよ!だけど、制御出来ない」
配達君四号は暴れ馬の如く、室内を駆け回る。風船や飾りにぶつかっては、方向転換する。エマがジャンプして、捕まえようとしたが、高さが足りない。
「ええい、くそっ」
このままでは、家を破壊し尽くしてしまう。ウィルは決死の思いで、配達君四号を箒ではたき落した。ばちっ、嫌な音を立てた。それがプレゼントの断末魔であった。動かなくなったそれを、みんなが茫然として見つめていた。
「パパ、ごめんなさい。調子に乗り過ぎた」
トムは悲劇と化した部屋を、箒で掃きながらしゅんとしている。
「トムだけじゃない。私も、きちんとしたビデオメッセージを用意することが出来なかった」
「それを言うなら、私だって。ケーキを焦がしていたわ」
三兄弟は激しく落ち込んでいた。
「何を言っているんだい。お前達、今日は最高の誕生日だよ。子供達が自分の為に、頑張ってくれた。それだけでパパは嬉しい。天国にいるママも、きっと君達を誇りに思っているよ」
ウィルは屈託の無い笑顔を三人に向けた。
「「「お誕生日おめでとう」」」
「ありがとう」
ウィルと三兄弟は熱いハグをした。
「「「「パパ」」」」
「なんで、ベッキーも僕をパパって呼ぶの?」
ベッキーもいつの間にか、ハグの中へ加わっていた。
「細かいことは良いじゃん、おじさん」
「まあそうか」