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エリザベスとトムは時計を逐一確認しては、そわそわしていた。五時五十五分現在、ビデオメッセージ係であるエマが家に帰ってこないのだ。
「エマ姉ちゃん、大丈夫かな」
「早くしないとパパが帰ってくる時間よ」
「野良猫みたいに、車に轢かれていないと良いけど」
「辞めてよ、ベッキー」
三人がそれぞれ好き勝手話していると、玄関の扉が開いた。
「ただいまぁ。あー疲れた。パパは?」
「まだ帰っていないよ。エマ姉ちゃん、ギリギリ」
「しょうがないでしょ。こっちは、色々あって大変だったの!」
「まあまあ、二人共、クラッカーを持って。ベッキー明かりを消してもらえるかしら」
部屋の照明が消え、落ちかけている夕陽が仄かに四人の顔を照らした。エリザベスが口に指を当てて、音を出さない様、注意喚起したトムとエマは、スパイごっこみたいで、面白いと思った。
しばし時間が過ぎた後、玄関の扉が再度開いた。
「ただいまー。何で家の明かりがついていないのかい?誰もいないの?トミー、エリー、エマ」
仕事から帰って来たウィルが不思議そうに、靴を脱いだ。四人共笑いをこらえるのに必死で、トムとエマは互いの腕をつねりあった。
「トミー、エマ、エリー、どうしたんだ?パパ、帰って来たぞ」
リビングの扉が解き放たれた瞬間、四人は飛び出して、クラッカーを勢いよく引っ張った。パン、パン、パン。トムだけが、上手く出来ず、何回も引っ張っている。エマが見兼ねて、代わりに引っ張ってあげた。パン、最後の一発が無事打ち上げられた。
「お前達、どうしたんだ?ベッキーまで」
ウィルは眼を見開いて、子供達一人一人に、視線を動かす。
「「「パパ、誕生日おめでとー」」」
三兄弟は揃って、心からの祝福を述べた。「いや、忘れていた。今日はパパの誕生日かぁ。一年すぎるのは早いな」
ウィルは、やっと今日が何の日かを思い出して、スッキリしている様子だ。
「自分の誕生日を忘れるなんて、おっちょこちょいね」
「まあ、僕達も、今朝…」
嘘がつけない口をエマが手で塞いだ。トムはふがふが言っている。
「とにかく、今日はベッキーにも手伝ってもらって、私達はサプライズパーティーを準備しました。さあ、みんな席に座って」
ウキウキしているウィルを所定の位置にトムがエスコートする。
スパゲッティ、オニオンスープ、ツナサラダは味付けもバッチリで、素晴らしかった。事件は、最後のデザート時に起こった。
「きゃーー」
お腹が膨れて、雑談していたら、キッチンにケーキを取りに行ったエリザベスが悲鳴を上げた。
「大丈夫か、エリー」
ウィルが席を立って、何が起こったのかを確認しに行こうとした。
「だ、大丈夫。今行くから」
ミトンを着けたエリザベスが、悲しそうに丸いお皿を持って来た。皿の上には黒色のケーキが載っている。
「お、美味しそうなチョコレートケーキじゃないか!」
ウィルが娘を思って、フォローした。
「パパ、これシフォンケーキよ」
「な、なるほど。ウェルダンだね」
ははは、ウィルは可能な限り口角を上げるよう努める。
「パパ、慰めなくて良いの。完全に私のミス。焼く時間を間違えてしまったの」
エリザベスは深い溜息をついた。ケーキはぷすぷす音を立てている。
「もしかしたら、奇跡が起こって、美味しくなっているかも!」
トムが切り分けられていない、シフォンケーキにフォークを刺して、つまみ食いをする。
「おいトミー、お行儀が悪いぞ」
「お、お、お、い、し」
トムは悟りを開いたかの様な目をして、咀嚼している。そこにいる全員、シフォンケーキを食べようとする意欲が粉々になった。
「大丈夫?トミー」
「お、い、し」
感想を言い切ることなく、トムはがっくりした。